中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

「ちょ――」

止めるより先に、凛央が脱衣所の引き戸に手をかける。

開く。

洗剤の匂いが、ふわっと漏れた。

その奥、物干しにぶらさがっていたのは、見慣れているはずの緑だった。
ぶ厚い手袋。足カバー。葉っぱのついた胴体の一部。内側を上に向けた、丸い頭部のライナー。

湿った布が夕方の空気に揺れて、水滴がぽたりと落ちる。

見つかった、と思った瞬間、喉の奥にあの中の熱が一気に戻ってきた。息がこもる。背中に汗が蘇る。視界が狭くなる。

凛央が振り返る。

「……これ」

俺の口が勝手に動いた。

「父さんが中の人なんだ」

言ってから、自分の心臓がうるさすぎて耳鳴りみたいになる。

一拍遅れて、父さんが立ち上がった。
腰をかばいながら、でも顔だけは何でもないみたいにして、脱衣所のほうへ来る。

「あー……見つかったか」

その言い方が自然すぎて、一瞬だけ救われる。

「洗ったあと、干す場所なくてさ。悪いね、白石くん」

凛央は開けたままの引き戸の前で、少しだけ目を瞬かせた。

「みどまるの……」

「そう。仕事道具」

父さんがさらっと言う。

「みどまるの中は秘密だから。学校では内緒にしてくれると助かる」

俺は息を止めたまま、凛央を見る。

凛央は、ぶら下がった緑の手袋を見て、それから父さんの顔を見る。もう一回、浴室の中へ視線を戻す。

「……ごめんなさい。勝手に開けて」

「いやいや、干してるこっちが悪い」

父さんが笑う。
その笑い方は、家での父さんのやつだ。変に慌てないで、でも相手を責めない。

凛央は少し黙ってから、静かに訊いた。

「じゃあ、この前の春フェスも……?」

心臓が、いやな跳ね方をする。

父さんは一瞬だけ、俺のほうを見た。
ほんの一瞬だけ。

それから、すぐに凛央へ向き直る。

「みどまるの担当は俺だよ」

答え方が、ぎりぎりだった。
嘘じゃない。でも、全部でもない。

凛央は「そうですか」とだけ言った。

その声は、納得したようにも聞こえるし、ただそこで止めたようにも聞こえる。