中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

玄関が開く音がした。

「ただいまー」

父さんの声だ。

そのあとすぐ、「うわ、今日ちょっとやばい」と小さく続く。たぶん靴を脱ぐ動作で腰にきたんだろう。

俺は立ち上がって玄関へ行く。

「おかえり」

「ただいま。……お、ほんとに白石くん来てる」

父さんは仕事帰りのままのシャツ姿で、片手にコンビニ袋、もう片方の手をさりげなく腰に当てていた。ネクタイはゆるめてあるけど、顔は朝より少し疲れて見える。

それでも、凛央を見るとちゃんと笑った。

「いらっしゃい。狭い家で悪いね」

「おじゃましてます」

凛央がきれいに頭を下げる。

父さんは袋を俺に渡した。

「樹、麦茶出した?」

「出した」

「えらい」

「子どもみたいに言うな」

「うちではまだ子どもだから」

そのやりとりに、凛央が小さく笑う。
学校の真ん中で見せる完成された笑顔じゃない。声が先にこぼれるみたいな、軽い笑い方だった。

それだけで、なんか変にうれしくなる。

父さんはローテーブルの横にゆっくり座った。痛みをごまかすみたいに息を整えてから、要項の紙を覗きこむ。

「余り苗は、たぶん出せる。学校ってことで話せば通りやすいし。先生に一本電話もらえれば、こっちで繋ぐよ」

「ほんとですか」

「うん。樹、こういうの好きだから、委員やるならちゃんとやりたいだろうし」

「なんで勝手に俺の気持ち代弁するんだよ」

「当たってるだろ」

父さんの視線がやさしい。
こういうときだけ、妙に見抜いてくる。

凛央が、紙から顔を上げて俺を見た。

「当たってる」

「白石まで乗るな」

「だって、そう見えるし」

声がやわらかい。
俺は麦茶を一口飲んだふりをして、喉のところの熱をごまかした。

父さんはコンビニ袋から小さな包装を出した。

「腹減ってるだろ。シュークリーム買ってきた。白石くんも食べる?」

「いいんですか」

「いいに決まってる。来客に甘いもの出すのはうちの数少ないちゃんとした文化だから」

「数少ないって言うなよ」

「正直でしょ」

また凛央が笑う。

それが、あんまり自然で。
うちのローテーブルの前で、コンビニのシュークリームにちょっと嬉しそうな顔をする凛央なんて、たぶん誰も知らない。

なんか特別だ、と思う。
こんな顔を見られるのが、俺だけみたいで。

「じゃあ、いただきます」

凛央が包みを受け取る。
指先が少しだけクリームで汚れて、それを見て眉を寄せる顔まで、妙に高校生っぽかった。

「手、洗ってきてもいい?」

その一言で、朝に父さんから言われた「風呂場入るなよ」という言葉を思い出す。

最悪だ、と思ったときにはもう遅かった。