中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

放課後、正門前の花壇の端っこは、思ったよりはげていた。

土が減っている。
朝に水をやったはずなのに、表面はもう少し白っぽく乾きはじめていて、葉の陰のあたりだけが黒い。風が抜けるたび、細い名札がかすかに揺れた。

「ここ、空いてるな」

凛央がしゃがみこんで、花壇の端を見た。白いシャツの袖をひとつ折って、指先で土を軽く崩す。爪のわきに薄く土が入っているのが見えた。

「土も足りない」

「苗も、あと少し欲しい」

俺も隣にしゃがんで、緑化委員の記録ノートを膝にのせる。

『必要』

『培養土 三袋くらい』

『ビオラ 八』

『マリーゴールド 十』

書きながら、なんとなく視線を感じて顔を上げた。

凛央が、俺の手元を見ていた。

「なに」

「いや。青柳の字、かわいい」

「急にどうした」

「思っただけ」

言い方がさらっとしていて、でもその目だけが少しだけ長く残った気がして、胸の奥が変な音を立てる。

そこへ、廊下のほうから女子の声が飛んだ。

「白石くーん、まだ帰らないの?」

凛央は立ち上がって、いつものきれいな顔でそっちを見る。

「もう少し。委員の仕事終わったら帰る」

「そっか、がんばってー!」

「ありがと」

笑顔も声も、完璧だ。
ちょうどよく明るくて、ちょうどよくやわらかい。教室の真ん中にいるときの、誰が見ても安心して好きになれる白石凛央。

けど、女子たちが行ってしまうと、凛央はまた花壇のほうを向いた。

その横顔は、さっきまでと少し違う。
華やかさが消えたわけじゃない。ただ、力の入り方が違う。

「せっかくだから、空いてるとこ埋めたい」

土を見たまま、凛央が言う。

「このままだと、ちょっとさみしいし」

その声は、教室で聞くのよりずっと低かった。

俺は記録ノートを閉じる。

「でも、学校の予算じゃきついだろ」

「だよなあ」

困った顔で笑って、凛央が首の後ろを軽く触る。考えるときの癖なのかもしれない。

「市の花いっぱい運動って、苗の配布とかしてるよね」

どき、とする。

「イベント用の余りとか、出ないのかな」

「……うちの父さん、市役所の職員だから」

言ってから、遅れて喉が乾いた。
でもこれは、嘘じゃない。

「聞けるかも」

凛央がこっちを見る。

「ほんと?」

「たぶん。担当の課に繋いでもらうくらいは」

「それ、かなり助かる」

その言い方が、素直だった。
作った笑顔じゃない。ちゃんとほっとした顔だった。

俺はポケットのスマホを出して、父さんに短くメッセージを送る。

『学校の花壇で苗と土ほしい。余り出せる?』

返事はすぐに来た。

『学校向けなら話通せるかも』

『配布の要項と去年の余剰リスト、家の棚にある』

『先生から電話一本もらえれば早い』

その三行を見たあと、俺はもう一度画面を見返した。

家の棚。

「……今日、うち来る?」

言ってから、遅れて自分で自分に引いた。

何をそんな自然に言ってるんだ、俺は。
クラスのアイドルを、なんでそんな勢いで家に誘ってるんだ。

でも凛央は、変な顔をしなかった。

「いいの?」

「資料取るだけ。委員の仕事だし」

「じゃあ、行く」

あっさり返されて、逆に困る。

「そんな即答なんだ」

「青柳が誘ったんじゃん」

「そうだけど」

「それに」

凛央が少しだけ笑う。

「青柳の家、ちょっと気になる」

その一言だけで、俺の耳が熱くなった。