中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

くだらないやりとりをしながら、正門前の花壇へ向かう。

昼の土は、朝よりずっとぬるかった。
表面は乾いて白っぽいのに、指先で少し掘ると中はまだ黒い。ホースをひねると、水がきらっと光って、葉の影を揺らしながら根元へ落ちていく。

じわ、と土の色が変わる。

花の匂いより先に、水を吸った土の匂いが立った。
少し青くて、少し冷たい匂いだ。

俺がホースを持って、凛央が名札の傾きを直す。倒れかけていた小さな札を差し直し、葉の上に乗っていた枯れた花びらを払う。その指先が、昼の光の下だとやけに目につく。

「やっぱり乾いてた」

凛央がしゃがんだまま言う。

「だから言った」

そう返すと、凛央は「そっか」と笑った。

しばらく、水の音だけが続く。

葉っぱを揺らす風。
遠くのざわめき。
じょうろの口から落ちる細い水の筋。

黙っていても変じゃない時間だった。

前にも思ったけど、こういう時間の凛央は、教室の真ん中にいるときと少し違う。誰に見せるためでもなく、でも沈んでるわけでもない、ただ静かな顔。

それが、妙に好きだと思ってしまう。

「ありがたいんだけどさ。昼って、断りづらいんだよね」

こっちを見ないままの声だった。
愚痴というには軽くて、でも独り言とも違う。

「これ、100%助け舟だよね、やっぱり」

「……悪かった」

謝ると、凛央はすぐに首を振った。

「違う。そうじゃなくて。助かった、って意味」

凛央が、名札を押さえたまま言った。

「俺、そういうの、あんまり上手くないから」

凛央は前を向いたまま言う。

「嫌とかじゃないんだよ。でも、どこで息抜けばいいか分かんなくなるときある」

その言い方は、土曜にみどまるの前でこぼした弱い声より、ずっと軽かった。

軽いのに、隠しきれずに漏れた弱さじゃない。
俺の前だから、少しだけ置いてくれた本音に聞こえた。

俺はホースの先を少し絞る。

「じゃあ、昼は花壇」

「毎日?」

「毎日はさすがに花が溺れる」

凛央が吹きだした。

「なにそれ」

「事実だろ?」

「じゃあ、たまにで」

「枯れない程度にな」

また笑う。
今度のそれは、教室の凛央じゃなかった。

「俺、呼ぶし」

できるだけ普通に言う。

「委員の仕事ってことにすればいい」

凛央がこっちを見る。
風で前髪が少しだけ動いて、その下の目が、まっすぐ俺に向いた。

「それ、かなり助かる」

笑う。
今度はほんとに、教室でも現場でもない顔だった。

きれいに作られてない。
なのに、今日いちばんきれいだった。

胸の奥が、静かにうるさくなる。

「青柳って、案外おせっかい」

「案外は余計だ」

「じゃあ、わりと?」

「もっと余計」

凛央が声を立てずに笑う。
肩が少し揺れる。