中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

廊下に出ると、教室の熱が一気に背中から離れた。

春の風が、渡り廊下を抜ける。
中庭の木の葉がさわさわ鳴って、遠くで体育の笛が聞こえた。昼の光は白っぽくて、校舎の壁までまぶしい。

「急だね」

隣を歩きながら、凛央が言う。

「急だよ。さっき決めたし」

言ってから、自分でちょっと変だと思った。普通、口実を口実だと自分からばらさない。

でも凛央は笑った。

教室でみんなに向ける完成された笑顔じゃない。
もう少しだけ、力の抜けた笑い方だった。

「やっぱり。半分くらい、助け舟?」

「半分じゃない。70%くらい」

「増えた」

凛央がまた小さく笑う。

階段下の自販機の前で立ち止まって、俺はポケットの小銭を探した。
凛央が「え」と言う前に、スポーツドリンクと無糖の紅茶を二本落とす。

がこん、と音がして、冷えたペットボトルが出てきた。

「これ」

紅茶のほうを押しつけると、凛央は少し目を丸くする。

「俺の分?」

「いらないなら返せ」

「いや、飲むけど。……そんな顔してた?」

「ちょっと」

それ以上は言わない。
言ったらたぶん、見すぎだと思われる気がした。

みどまるなら、フリップに『がんばりすぎ きんし』って書けたかもしれない。
でも今の俺は、丸い手も、白いボードも持ってない。ただ冷たい飲み物を一本渡すくらいしかできない。

それでいい、と思った。

今日はみどまるじゃなくて、青柳樹としてここにいたかった。

凛央はキャップを開けて、一口飲んだ。
喉が動く。
それだけなのに、なぜか見ていられない。

「……うま」

ぽつっとこぼれた声が、少しだけ子どもっぽくて、俺は変なふうに胸をつかまれた。

「それはよかった」

「青柳、たまに言い方冷たいよね」

「たまにじゃない」

「自覚あるんだ」