中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

「白石くん、昼どうする?」

昼休みのチャイムが鳴りきる前から、凛央の机のまわりはもう人でいっぱいだった。

前の席、横の席、そのまた後ろからも、声が重なる。購買のパンを見せるやつ、スマホの画面を向けるやつ、昨日のテレビの話をするやつ。みんな楽しそうで、たぶん悪気なんてひとつもない。

その真ん中で、凛央はいつもの顔をしていた。

「まだ決めてない」

「屋上、今はだめなんだっけ」

「購買?じゃあ俺も行こうかな」

きれいに笑って、きれいに返して、でも誰の手も振り払わない。近づかせすぎず、感じ悪くもならない、あの完璧なやつだ。

なのに、机の端に置かれた紙パックのミルクティーは、まだストローも刺さってなかった。

俺は自分の席からそれを見て、なんとなく息をつめた。

見なくてもいいところまで見てしまうのは、たぶん、一度知ってしまったからだ。人のいない場所で、凛央がほんの少しだけ肩を落とすのを。笑顔のままでも、ちゃんと疲れている瞬間があるのを。

鞄に手を突っこんで、緑化委員の記録ノートを引っ張り出した。

それを持って立ち上がる。

自分でも、何するつもりなのか半分くらいしかわかってなかった。
でも、わからなくても動いたほうがいい気がした。

「白石」

声をかけると、何人かの視線が一斉にこっちへ向く。

うわ、と思ったけどもう遅い。

凛央も顔を上げた。人に囲まれたままなのに、その目だけが一瞬、まっすぐこっちを見る。

「悪い。今、緑化委員いける?」

自分でもびっくりするくらい、声は普通に出た。

「正門前、昼のうちに一回水やっときたい。今日、日差し強いし」

ほんとは、昼休みに絶対やらなきゃいけない仕事なんてない。
でも、嘘でもなかった。午前中から窓際のパンジーは少しだけ葉が垂れて見えたし、花壇の土だって、表面は乾きかけていた。

「え、今?」

凛央の横にいた女子が、少しだけ残念そうな声を出す。

俺は適当にノートを持ち上げた。

「長くかからないと思う」

凛央は俺を見た。
たぶん一秒もなかったと思う。
でも、その短い間に、何かを測るみたいな沈黙があった。

それから、彼はふっといつもの笑顔をつくる。

「ごめん、ちょっと委員の用事。戻ったらまた話そ」

やわらかく言って立ち上がる。
その言い方のきれいさに、周りも「しょうがないか」みたいな空気になる。

さすがだな、と思う。

でも椅子を引いてこっちへ来るとき、ほんの少しだけ肩の位置が下がった気がして、俺は勝手に息を吐いた。