そのあとのステージで、凛央はやっぱりちゃんと笑っていた。
でも、さっきまでと少しだけ違って見えた。
完璧に見える角度を外した、ほんの少しだけ自然な笑い方が混ざる。
子どもにしゃがみ込むときの肩の力が、前より抜けている。
俺のほうを見る回数が、少しだけ増える。
そのたびに、胸があたたかくなる。
同時に、きゅっと縮む。
学校で隣にいても見せてもらえない顔を、みどまるは知ってしまっている。
イベントが終わって、拍手とシャッター音がやっと遠ざかった頃、俺は衝立の内側で頭部を外していた。
外の空気がひやっと頬に触れて、汗が一気に冷える。
誰かと顔を合わせないように、布の隙間はきっちり閉じたままだ。
その下から、業務連絡ノートがそっと差し入れられた。
最後のページに、新しい字がある。
『フリップ たすかった』
『ありがとう』
短い。
短いのに、やけに効く。
その下に、きれいすぎない小さな丸がひとつ打ってあった。句点の代わりみたいな、少しやさしい丸。
俺はその文字を見つめたまま、指先で紙の端を押さえる。
うれしい。
すごく、うれしい。
今日、支えになれたのが。
あの人の弱い声を受け止められたのが。
でも、それを受け取っているのが青柳樹じゃないことに、胸の真ん中が静かにざわつく。
衝立の向こうで、衣擦れの音がした。
たぶん、凛央だ。
ここから先へは来ないし、俺も出ない。
その距離だけは、ちゃんと守られている。
守られているのに、近いと思ってしまうのは、声だけがやけに近く聞こえるからだ。
「みどまる」
名前を呼ばれて、俺はノートを持ったまま顔を上げる。
返事はできないから、紙の端が少し鳴る。
少しの間があって、それから、凛央が笑う気配がした。
教室でみんなに向ける綺麗な笑い方じゃない。
さっき台車の陰で見せたのと同じ、少しだけ力の抜けた呼吸の音だった。
そして、俺の胸を甘くして、同じくらい苦くする声で、凛央は言った。
「みどまるの前だと、無理して笑わなくていい気がする」
でも、さっきまでと少しだけ違って見えた。
完璧に見える角度を外した、ほんの少しだけ自然な笑い方が混ざる。
子どもにしゃがみ込むときの肩の力が、前より抜けている。
俺のほうを見る回数が、少しだけ増える。
そのたびに、胸があたたかくなる。
同時に、きゅっと縮む。
学校で隣にいても見せてもらえない顔を、みどまるは知ってしまっている。
イベントが終わって、拍手とシャッター音がやっと遠ざかった頃、俺は衝立の内側で頭部を外していた。
外の空気がひやっと頬に触れて、汗が一気に冷える。
誰かと顔を合わせないように、布の隙間はきっちり閉じたままだ。
その下から、業務連絡ノートがそっと差し入れられた。
最後のページに、新しい字がある。
『フリップ たすかった』
『ありがとう』
短い。
短いのに、やけに効く。
その下に、きれいすぎない小さな丸がひとつ打ってあった。句点の代わりみたいな、少しやさしい丸。
俺はその文字を見つめたまま、指先で紙の端を押さえる。
うれしい。
すごく、うれしい。
今日、支えになれたのが。
あの人の弱い声を受け止められたのが。
でも、それを受け取っているのが青柳樹じゃないことに、胸の真ん中が静かにざわつく。
衝立の向こうで、衣擦れの音がした。
たぶん、凛央だ。
ここから先へは来ないし、俺も出ない。
その距離だけは、ちゃんと守られている。
守られているのに、近いと思ってしまうのは、声だけがやけに近く聞こえるからだ。
「みどまる」
名前を呼ばれて、俺はノートを持ったまま顔を上げる。
返事はできないから、紙の端が少し鳴る。
少しの間があって、それから、凛央が笑う気配がした。
教室でみんなに向ける綺麗な笑い方じゃない。
さっき台車の陰で見せたのと同じ、少しだけ力の抜けた呼吸の音だった。
そして、俺の胸を甘くして、同じくらい苦くする声で、凛央は言った。
「みどまるの前だと、無理して笑わなくていい気がする」



