中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

土曜の朝、みどまるの手袋にフリップの紐がからまった。

前より少しだけ慣れたはずなのに、着ぐるみの中の熱と息苦しさにはまったく慣れない。頭をかぶった瞬間から、自分の呼気が跳ね返ってくる。首の下に汗がたまる。外は春風があるのに、中だけ別の季節みたいに重い。

今日の会場は市民文化センター前の広場だった。『花いっぱい運動』の横断幕の下に、色とりどりの花鉢が段々に並び、じょうろとスコップが朝の光を反射している。水を撒いたばかりの石畳は少し冷たそうなのに、みどまるの中の俺にはその冷たさが遠い。

控えのテントで業務連絡ノートを開くと、今日の段取りの下に、新しい字が増えていた。

『今日、人たくさんらしい』

『取材も入るって』

『お互い無理しすぎずで』

止めが少しだけ強い、きれいな字。
凛央だ。

たったそれだけで、胸の奥が忙しくなる。

俺は丸い手でペンを握って、なんとか返した。

『りょうかい』

そこまで書いて、余白が妙に白く見えてしまった。

ほんの癖みたいに、葉っぱを二枚、端にちょこんと描き足す。

描いた瞬間、頭の中で警報が鳴った。
まただ。
なんで学習しないんだ、俺。

「みどまる、準備いい?」

外から凛央の声がして、俺はノートを閉じる間もなく頷いた。

テントの隙間から差し込む光の向こうに、今日の凛央が立っている。白いシャツに薄いグリーンのジャケット。春のキャンペーン用なんだろうけど、似合いすぎていてずるい。

彼はスタッフから受け取ったノートをぱらっと見て、それからぴたりと手を止めた。

心臓が落ちる。
やっぱり、そこだ。

「……あれ」

小さく言って、凛央がもう一度ページを見る。
それから、みどまるの顔を見上げた。

「この葉っぱ」

やめてくれ。ほんとに。
着ぐるみの中で息を止める。

「この前、学校の掲示で見たのに似てる」

熱が一気に背中へ上がった。

視界の網の向こうで、凛央が少しだけ考える顔をする。
でも次の瞬間には、ふっと肩の力を抜いて笑った。

「流行ってるのかな、こういうの」

そう言ってノートを閉じる。
スタッフに呼ばれて、すぐに前を向く。

助かった、と思ったのに、助かっただけじゃ済まない。
喉の奥がずっと落ち着かないままだ。