中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

掲示を持って廊下へ出ると、正門へ続く渡り廊下に置かれた花鉢が、夕方の光を受けてつやつやしていた。土はさっきやった水やりでしっとり黒く、葉の先から細い雫が落ちる。

俺が重いほうを持とうとすると、凛央が当然みたいにそっちへ手を伸ばした。

「こっち持つ」

「いい。俺が」

「青柳、さっきからポスター係もやってたじゃん」

「白石こそ、ずっと動いてる」

言ってから、しまったと思った。
ただの事実のつもりだったのに、口調が少し強かった。

でも凛央は嫌そうな顔をしなかった。むしろ、少しだけ意外そうに俺を見る。

「平気」

その返しが、学校の凛央らしくて、逆にむずかしい。

平気って、たぶんこういうときのための便利な言葉なんだろう。
ほんとは違っても、誰も困らせないで済むから。

『がんばりすぎ きんし』って、フリップならあんなに簡単に書けるのに。
青柳樹として、それを口にするのは、どうしてこんなにむずかしいんだろう。

正門前で花鉢を並べ終えたあと、凛央は屈んで、倒れかけていた札をまっすぐに差し直した。

そのまま少しだけ首の後ろに手を当てる。ほんの一瞬。

でも次に顔を上げたときには、もういつものきれいな顔に戻っていた。

「明日、水やり少し早めに行けそう?」

「行ける」

「よかった。歓迎会の前に一回見ときたい」

またやること増やしてる、と思ったけど、結局その言葉は飲みこんだ。
代わりに、「掲示、剥がれたら直す」とだけ言う。

凛央は少しだけ目を細めた。

「ありがとう」

そのありがとうが、みどまるに向ける声とも、クラスのみんなに向ける声とも違う気がして、余計に落ち着かない。

家に帰ってから、父さんに渡された業務連絡ノートを開いた瞬間、表紙に散った葉っぱが目に入った。

丸くて、少しだけ不揃いで、気が抜けたみたいな二枚葉。
今日、俺が掲示の角に描いたやつと、ほとんど同じだ。

遅い。
今さら気づいても遅い。

しかも明後日は市のイベントで、またこのノートを使う。

嫌な予感が、紙の匂いと一緒にじわっと広がった。