中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

最後の休憩は、花苗を積んだ台車の陰だった。
マーガレットの白い花弁が風に揺れて、こぼれた土が足元に散っている。広場のざわめきが少し遠くて、そのぶん凛央の呼吸の音が近かった。少しだけ速い気がした。

凛央は、ほんの一瞬だけ周りを見た。
それから、誰にも聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。

「ちょっとだけ疲れた」

業務連絡じゃなかった。

胸の奥が、ぎゅっと縮む。

俺は横に立てかけてあったフリップをつかんだ。
太いマーカーの先が、白い面をきゅっと鳴らす。

丸い手じゃ、きれいな字なんか書けない。
それでも、今はこっちのほうがいい気がした。

ゆっくり、一文字ずつ書く。
学校の花壇で、凛央が俺に言ったのと同じ言葉。

『がんばりすぎ きんし』

少し曲がった。
ひらがなが大きすぎて、最後の「し」が端ぎりぎりになった。
でもそれでいいと思った。

フリップを持ち上げる。
凛央が顔を上げる。

一秒。
二秒。

それから、凛央の肩から、見えない力がふっと抜けた。

目を丸くしたあと、息をひとつこぼす。
そのまま口元がやわらんで、目尻までゆっくりほどけた。

教室で誰にでも向ける完成された笑顔じゃない。
現場で人を安心させるための笑顔でもない。
助かった、って顔のままこぼれた、少しだけ頼りない、でもすごくきれいな笑顔。

俺はみどまるの中で、息を止めた。

それは、しゃべれない相棒にだけ見せてくれた、白石凛央の最初の、仕事用じゃない笑顔だった。