中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

なのに、翌日には、その努力が全部無駄になった。

「じゃあ、昨日決めきれなかった委員、今から決めます」

朝のホームルームで、担任が黒板に委員会の名前を書いていく。

学級、保健、図書、体育。ありふれた名前が並んだあと、一番下に書かれた文字で、俺の背中が勝手に強張った。

緑化委員。

「今年は正門前と中庭の花壇を一年生が担当します。市の『花いっぱい運動』と連携した掲示もあるから、二人一組でお願いしますね」

市。
花いっぱい運動。

その単語だけで、昨日の業務連絡ノートの紙の手触りが蘇る。丸っこい字。葉っぱの落書き。着ぐるみの中の熱。息苦しさ。白石凛央の、近かった声。

「緑化委員、やってくれる人?」

教室が一瞬しんとしたあと、意外なところから声が上がった。

「俺、やります」

白石凛央だった。

え、なんで。

そう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。教室の空気が一斉に動く。

「じゃ、じゃあ私もやりたいです!」

「私も!」

「花好きだし!」

一気に手が増えて、担任が苦笑した。

「はいはい、急に増えたね。じゃあ白石は決まり。もう一人は公平にくじ引きにします」

やめてほしい。

本気でそう思った。

けど、こういうときのくじって、たいてい逃げたいほうをちゃんと捕まえる。

担任が即席で作った全員分の出席番号が書かれた紙の中から、ひとつ引いて読み上げた。

「青柳」

は、と思ったけど、声にならなかった。

教室の何人かがこっちを見る。女子の中には露骨に「なんで」という顔をした子までいる。俺がいちばん言いたい。

「じゃあ、緑化委員は白石と青柳。よろしく」

黒板に二人の名前が並ぶ。

白石凛央。
青柳樹。

並んだ字面を見た瞬間、嫌な予感が、嫌な予感のまま現実になった気がした。

「……よろしく」

前の席のほうから、凛央の声がした。

顔を上げると、彼はいつものきれいな顔で、でも言いすぎない温度でこっちを見ていた。教室の真ん中で誰に向けるのとも同じ、きちんとした顔だ。

俺はとっさに、曖昧に頷くことしかできなかった。

その休み時間、さっそく何人かに「青柳くん、いいな」「白石くんと委員とか当たりじゃん」と言われて、全然当たりじゃない、むしろ大事故だ、と心の中でだけ返す。

しかも事故はそれで終わらなかった。

昼休み、机の中でスマホが震えた。

父さんからだ。

『樹、悪い。市からまた連絡きた』

嫌な予感しかしない文面に、購買のパンを持つ手が止まる。続けて送られてきたのは、見慣れた業務連絡ノートの写真だった。

白いページに、緑のペンで丸い字。

『春の緑化PR 継続』

『白石凛央さん×みどまる 広報ペア』

『詳細日程 調整中』

右下に、小さな葉っぱが二枚。

たったそれだけなのに、昨日の着ぐるみの中の熱が、一気に背中へ戻ってきた気がした。喉の奥がむわっと乾く。あの息苦しさまで蘇る。

学校でも白石凛央。
現場でも白石凛央。

逃げ場、なくないか。

俺は机に突っ伏したくなるのをこらえて、父さんに短く返した。

『同じクラスで、しかも委員も一緒になった』

既読がつくのは速かった。
それから一気にメッセージが送られてきた。

『は?』

『え?』

『バレたらまずいよな?』

『樹=みどまるってバレたらまずいよな!?』

スマホを伏せても、ノートの写真が頭から離れなかった。

緑の字が、妙にくっきりしている。
継続。
白石凛央さん×みどまる。

文字にされると、冗談みたいに逃げ道がない。

午後の授業は、ノートを取っているふりをしながら、だいたい上の空だった。

窓の外では、校庭の桜が風にあおられていた。花びらがときどき白く飛んで、ガラスに張りついて、それからするりと落ちる。春はきれいだし、花は好きだ。でも今だけは、その全部が白石凛央につながって見えて困る。