中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

「樹、頼む、今日だけでいい」

朝っぱらから、父さんは布団の上で変な角度のまま固まっていた。

いや、正確には固まっているんじゃない。動けないのだ。ぎっくり腰、ってやつで。

「無理だって。俺、明日入学式だよ?なんでその直前に着ぐるみの代打なんて」

「今日なの。今日、中央公園の春フェス。みどまる出るって市の広報も出てる。しかもゲストが来る」

「ゲストって」

「白石凛央くん」

聞いたことのある名前に、口をつぐむ。

地元出身で、最近テレビにも出はじめたアイドル。駅前の大型ビジョンに映ってたし、コンビニでも雑誌の表紙で見た。顔がいい、という言葉では全然足りないやつ。春の光をそのまま人の形にしたみたいな、ああいう。

でも、だからって。

「なおさら無理だろ。父さんの仕事でしょ」

「担当は俺だけど、中身の段取りは全部ノートに書いてある。動きも基本の挨拶だけでいい。しゃべれないんだから、変なことにはならない。樹、背格好いちばん近いし」

「近いってだけで押しこむな」

「頼む。市の花いっぱい運動の顔が、今日いなくなったらまずい」

父さんは枕元の業務連絡ノートを俺に突き出した。使い込まれた大学ノートの表紙には、緑のペンで丸っこい葉っぱが何枚も描いてある。真ん中に、ひらがなで小さく、みどまる。

どう見ても父さんの字じゃない。たぶん、父さんと同じ広報課職員の誰かがふざけて描いたんだろう。

「現場には職員もいるし、危なくなったらすぐ下がればいい。頼む、樹」

痛みがにじむ声でそこまで言われると、断りづらい。

「……ほんとに一日だけだからな」

父さんの顔がぱっと明るくなった。その変化だけで、ちょっとだけ嫌な予感がした。

そういうときの父さんは、だいたいろくでもない。