弥生、暖かい光が差し込む喫茶店。
ガラガラとした店内。
窓際の席のうち、一番目立たない席に座る一組がいる。
同じくらいの年頃の、二人の学生。
水無瀬小夜と、一条陽真。
この二人に見慣れているのは、店の者とほんの僅かな人間だけ。
少し空いた窓から春の風が静かに吹いた。
「小夜、どうかした?」
「ううん。ただ、春だなーって思って。」
「そうだね。もうすぐ、出会ってから一年じゃない?」
「そっか。もうそんなに経つんだ。」
机の上にはいくつものもの本が置いてある。
物語の本。
異能や空亡について記された本。
勉強道具に、内職道具。
そして、二つのミルク入りのコーヒー。
白い湯気が、ゆっくりと揺れている。
「陽真、やっぱりミルク入りの方が美味しいよね。」
「うん。今の俺たちには、これが一番落ち着く。」
「だよね。」
「でも小夜、砂糖入れすぎ。」
「別にいいでしょ!」
小さく笑い合う声が、静かな喫茶店に、優しく響いた。
一件穏やかに見える日常にも、今もなお影が潜んでいる。
その影は、人の在り方さえ変えてしまう。
一族の形も、その一つなのかもしれない。
もしくは、個人の正しさが故の形なのかもしれない。
そして人は、誰かと比べられながら生きていく。
できないことに苦しみ、踏み出せないまま立ち止まることもある。
互いの気持ちを、完全に分かり合うことはできない。
それでも、人は誰かを知ろうとする。
目を背けずに、手を伸ばそうとする。
その先にある温かさへ、気づこうとする。
辛いことばかりの世の中に、出来損ないの自分が、大切な人の心を灯したい。
たとえ自分には無謀でも、その限界を超えた先で大切な人を守り救える可能性があるのならいい。
これは小夜と陽真が、願ったこと。
伝えたかったこと。
二人の世界の物語。
美しい空に心を例えた物語。
通じ合った愛の物語。
この先も続く、困難と希望を想像して。
光が差し込む席。
今日も二人はそばにいる。

