「まさか、俺の顔まで知られてるとは。兄貴達と違って、有名じゃないのに。」
陽真は驚いた表情のままだった。
森道に入って、日陰の岩で二人座った。
「やっぱり、助けていくうちに周りにどんどん覚えられたんじゃない?」
「そうなのか、、、」
「私の顔が知られてなくて良かった。あと、相手が二人だけだったことも。」
私まで知っている人がいたら、この噂は間違いなく広がる。
あの人達が黙っててくれたら、この件は丸く収まる。
ーーだけど、、、
「やっぱり、難しいよね。見つからないようにするのは。」
私が言うと、陽真は頷く。
「ああ、そうだね。意外と、周りの人は見てるものなんだね。」
「それから、、、」
「うん。空亡。」
そう、私たちがもう一つ衝撃を受けたことは、空亡の出現。
あれ以来、季節が変わっても現れなかったはずの空亡が今日現れた。
しかも、中心部でもないこの地域。
「その中の中くらい人気のない道なのに、どうしてここに出てきたのかな。」
私の言葉に、陽真はかなり悩んだ顔になった。
「うーん、どうだろう。下位空亡の出現は主に、中位空亡が操ってる。でも意図してここに置いた、と考えるのはおかしいかな。」
「そうだね。陽真は異能の気配を隠してるし、私も陽真のお守りを使ってるから、気配もなかったはずなのに、、、」
二人で悩んだけど、答えは出ない。
ただ、ここで出たことによって、帝都や他の都の中心部でもまた出現することが予想につく。
やっぱり、最近の空亡はおかしい。
ーーどうしよう、、、
私たちの関係も、空亡のことも、悩むことが大きい。
幸せな時間はまだ続くと思っていた自分の考えは甘かった。
その時、陽真が立ち上がった。
そして私を見て、微笑みかけて手を伸ばした。
「小夜。これから空亡のことは、また色んな名家を含めて話すことになると思う。だから今だけは、ちょっと肩の力を抜かない?」
その言葉に、私はまた安心してしまう。
多分、陽真も私の気の重さを感じ取ったんだと思う。
「うん、そうだね。せっかく二人でいるんだもんね。」
私は、その手を掴んだ。
包み込んでくれるような手。
陽の光みたいな笑顔。
「行こう。」
あたたかい声。
いつもそうだった。
陽真は楽しそうな顔をして、手を引いてくれた。
二人で走って、木漏れ日の森を通っていく。
そして、川まで来た。
キラキラとした水面。
「綺麗だね。」
「うん。凄く光ってる。」
私はまた、声にした。
「いつも学校と喫茶店と家の往復だったから、森の奥の川に来るなんて久々なんだ。」
「そっか。じゃあ、これからはもっと来れたらいいね。」
「うん。」
二人で靴を脱いで、服を捲り、足を水につけてみた。
「冷たくて気持ちい。」
「そうだね。」
しばらく、反射する水を眺めていた。
私は気持ちが緩んで、つい口にしてしまった。
「私の異能、、、」
「え?」
陽真は突然の言葉に驚いていたみたいだけど、すぐに聞く姿勢になってくれた。
「空亡に心を奪われてしまった人達を、救う力なんだ。」
「それって、、、」
「心灯、、、心を、灯す能力なんだ。」
そう、私の能力は心灯。
とても珍しい、戦闘ではない力だった。
水無瀬家でも初と言われた能力だった。
衝撃から声も出ていない陽真に、私は続けてしまった。
「一族みんな、それが分かった時は喜んだの。異能者は、失った心を助けることが出来る人はほとんどいないから。だけど、、、」
勝手に、声が下がってしまう。
「私は、どんなに努力しても、使えるようにならなかったんだ。これだけだったら、まだ良かったの。」
水面の青く透き通る空を見つめた。
本当に綺麗だった。
まだ、溢れる言葉は止まらなかった。
「せめて綺麗な見た目だったら良かったな。私は地味で、どうも感覚が一族と合わなくて。一族も、他の人達も皆んな離れて行っちゃったの。」
「小夜、、、」
私ははっとする。
「ごめんね、急にこんな話。せっかく気分よくなってたのに。」
陽真は、それを聞いて首を振った。
「いや、良いんだ。ただ、、、」
「、、、?」
「皆んな、勝手だなって思って。」
「え?」
陽真は、複雑そうな顔を浮かべる。
「異能とか、容姿とか、頭脳とか、そんなものより大事なことって、あると思うんだ。小夜は、素敵な人だよ。」
「え、、、!?」
「その優しさも、人を見ているところもそう。」
「陽真、、、」
自然と優しく言ってくれる陽真。
もう、にっこりとした顔に戻って私を見ていた。
「それは、、、陽真の方だよ。」
「そんなことないよ。」
「あるよ。」
そんなやりとりをしていたら、重いものが少し軽くなった。
やっぱり、陽真といると全部変わる。
ーーそういえば、、、
「陽真は、悩んでることないの?」
「え?」
「あ、急すぎたよね。ごめん、、、」
「いや、それは全然。」
「私ばっかり、聞いてもらっちゃってるから、、、」
私を見て、陽真はまた笑顔になる。
「大丈夫。少なくとも小夜といるうちは、不思議と何でもできる気がする。」
「えー何それー!」
「ははー。あっ、、、」
ふと、陽真は気づいたような表情になって言った。
私が声をかける前に、陽真は立って川を歩く。
「え、え?」
戸惑う私に、陽真は振り向いた。
「小夜。水かけて良い?」
突然の言葉。
「え?あ、え?あ、うん。」
「良いんだ。」
「聞くんだ。」
すると、陽真はニヤッと笑って水をかけてきた。
「わっ冷たい!」
と私は言いつつ、すぐにやり返した。
「えい!」
陽真は笑いながら言う。
「うわ、冷た!」
「あはは!」
「お返し!」
「うわーあー!」
静かな川で、水遊びをした。
一六歳にもなって。
でも、凄く楽しかった。
暑い夏でも、水は冷たくて気持ち良かった。
二人でたくさん笑って、濡れた袴や制服が乾くまで岩に座っていた。
ーーずっと続けば良いのにな、、、
当然の如く陽は落ちていく。
帰り道、陽真はそれこそ人気のない道沿いにある駄菓子屋さんでラムネを買ってくれた。
「ありがとう。」
「どういたまして。」
いつものコーヒーとは違う、なんていうか、爽やかな気持ちになった。
空亡のことも、一族のことも、もちろん頭には浮かんでいたけど。
今は考えないようにして、陽真と別れて家に帰った。
ーー私は、どうしたら良いんだろう。
そればかり、浮かんできてしまった。
いずれは向き合わなくちゃいけないことを、よく分かってるつもりだった。
暗くなった空、もう夜が来た。

