消える僕らの境界線

「お前、そっちの人なんだ?」


 学校へ向かう途中。
 地下鉄。
 吊り革に右手を伸ばし、左手には文庫本。

 少し丸まった僕の背後から、そいつは顔を出した。

 電車の窓の向こうは、ひたすら黒い景色が流れている。
 抑揚のないアナウンスと、規則的な走行音に紛れる異質。
 僕は、電車の窓にうつった車内の光景に目を向ける。

 ーーああ、またか。

 そう思って本に視線を戻した。

「おい、無視するなって」

 僕は返事をしないし、顔も上げない。

 けれどそいつは右から左から、何度も顔を覗いてくる。

「おーい。頼むよ。マジで腹減った」

 声がでかい。
 本の内容が全く頭に入ってこない。

 無意識に、吊り革を握る手に力が入る。

 目の前のじいさんも、隣のサラリーマンも、微動だにしない。
 
 ……やっぱり、そうか。

 こういう時に限って、やけに人が少ない。

 背中と耳元。
 ふわっと包むような冷気を感じた。



「30分でいいからさ。貸してくれよ、お前の体」



 この声が聞こえる人間は、多分、ここには僕しかいない。