「マツバ。ごめんなさい、巻き込んでしまって」
ナホトが見えなくなったタイミングでサクがそうぽつりと漏らせば、ギュッとマツバに正面から抱きしめられる。
先程もそうだったが、あのかつての小さく幼かったマツバからは想像できないほど力強くて、サクはなんだかドキドキした。
「ずっと心配してた。まさかこんなことになってただなんて。俺がもっと早く気づいていたら……」
「ううん、マツバのせいじゃないわ。私が上手く立ち回れなかったから……そのせいで、マツバまで辱めを受けることになってしまって、ごめんなさい」
「謝らないで。サクさんは悪くない。そもそも、サクさんを大事にする約束があったはずなのに、破ったのはあいつだろう? サクさんがこんなことになるのなら、あのときもっと反対しておけばよかった」
そう言って苦虫を噛み潰したような顔をするマツバ。
まさか当時マツバが結婚に反対していたとは知らず、サクは「え? 反対したの?」と声を漏らす。
「したよ。でも、約束もしたし、たくさんの宝石を捧げるくらいに欲しているのなら、きっと大丈夫だと父に押し切られてしまって。俺はそれで渋々引き下がったけど、あれからずっとサクさんから連絡がないからおかしいと思っていたんだ。だから、一目でもサクさんの元気な姿が見たくて俺はここに来たんだよ。……元気じゃなかったけど」
そう言って、縋りつくように抱きついてくるマツバ。
やはり身体は大きくなったとはいえ、甘えん坊な中身は変わっていないようだ。
「ありがとう、マツバ。またマツバに会えてよかった」
「俺こそだよ。もう一生会えないかと思った。だから、会えて嬉しい。もう絶対にキミをどこへもやらないから」
さらにギュッとキツく抱きしめられて、胸がいっぱいになる。
強く抱きしめられて苦しいはずなのに、今は多幸感で満たされていた。
「それにしても、マツバが王様になったなんて。顔つきも身体も立派になって、びっくりしたわ」
「サクさんが結婚してから五年も経ったからね。家督を譲ってもらったんだ。俺も成長したんだよ」
「そうね。昔はあんなに、ねぇねねぇねって呼んでたのに。今は他人行儀にサクさんだなんて」
「そ、そりゃ、俺も十八になったし、二十一になったサクさんをあの頃みたいにねぇねって呼ぶのは失礼だろ!?」
「私は別に構わないけど?」
「とにかく、サクさんはサクさんだ」
昔はもう少し可愛げがあったのに、意地っ張りだなと微笑ましくなるサク。
(あぁ、やっと自分を取り戻せた気がする)
こうした何気ない会話をすることが久々なサクにとって、マツバとの気兼ねない会話は楽しかった。
ナホトから離れるだけでこんなにも心が穏やかになるだなんて、サクは思ってもみなかった。
そして、サクは今まで失っていた心を取り戻すように、豊光国の船へと向かう道中で火陽国での出来事をマツバに洗いざらい話す。
船に乗り込み船内の部屋で二人きりになるとやっと肩の荷が降りたかのように、サクは身体中の力が抜けるのを感じた。
「あいつ、一発ぶん殴っておけばよかったな」
「やめてよ。外交問題になっちゃう」
「いいさ。随分と俺達のこと舐めてたみたいだし」
「それに関しては本当に申し訳ないわ。元妻として夫の発言を謝罪するわ」
「元、夫だろ」
「そうだけど。あと、ごめんなさいね。あのときあの人私のことをマツバに押しつけようとしてたけど、気にしないでね。マツバにはもっと若くて相応しい女性がいるだろうから、あんな適当に交わした約束は気にしないちょうだい」
売り言葉に買い言葉。
きっとマツバも本心ではなく適当に合わせただけだろうとサクがナホトの代わりに謝れば、なぜかマツバがきょとんとした顔をした。
「何を言ってるんだ? 俺は国へ帰ったら普通にサクさんと結婚するつもりだけど」
「え? いやいやいやいや、何を言ってるの。私は出戻りよ? わざわざそんなハズレを引く必要はないでしょ。マツバはかっこいいし、王様になったんだし、モテるんだろうからもっといい人が……」
「俺はサクさんがいいんだ」
そう言って、サクはマツバにまっすぐ見つめられる。
あまりに強い視線に目が逸らせないでいると、いつのまにかだんだんと距離を縮められて気づけばマツバに抱きしめられていた。
「ずっと好きだったんだ。だから、今までどの縁談も断ってきた」
「うそ……」
「嘘じゃない。もしサクさんが俺を受け入れてくれるなら嬉しい」
「受け入れるだなんて。私は年上でおばさんだし、出戻りだし、こんな醜い姿で、マツバに釣り合わないわ」
「そんなことない。そんな姿だろうが、俺はサクさんが好きなんだ。巫女だからとか、能力があるからとか、そういうの抜きにして、サクという人物が好きなんだ。ずっとキミを想い続けていた。だから、俺と結婚してほしい」
唐突なプロポーズ。
前回さえも元々望まれての婚姻だったのに、プロポーズは特になかった。
だからこそ、初めてのプロポーズにサクは胸が高鳴った。
「私で、いいの?」
「サクさんがいいんだって言ってるだろう?」
「……ありがとう」
本心から自分が必要とされている。
巫女だからだとか、能力があるからとかじゃなく、サクという自分自身を必要としてくれているマツバの言葉が嬉しくて、サクは涙を溢した。
「好きだよ。いや、愛してる。俺がサクさんを絶対に幸せにするから。約束する」
「……うん。うん」
サクがゆっくりと目を閉じると、触れる唇。
優しい口づけが愛しくて、嬉しくて、サクの胸はますます高鳴った。
そして、その胸の高鳴りに呼応するように晴れ渡る空。行く手には二人の行く末を暗示するような綺麗な虹がかかるのだった。
◇
数日後、豊光国に戻ったサクはたくさんの人々から歓待され、正式にマツバと結婚した。
その後、サクがマツバからの一途な愛を受け続けたことによって豊光国の天候は恵まれ、多くの作物が実るようになり、動植物が増え、ますます豊かな光り輝く国になっていくのだった。
一方、火陽国はと言うと、サクがいなくなったことで再び燃えるような暑さを取り戻していた。
サクがいなくなった当初こそ、久々の燃えるような太陽の暑さに歓喜したが、その後も激しく照りつける日差しは国民を疲弊させた。
その後も全く雨が降らなくなり、大地は枯れ、今までの天候に合わせて栽培していた作物は実らなくなり、国民はこぞって国王であるナホトに訴えるもナホトは相手にせず。むしろ自分の意に反する国民を次々と捕縛し、処刑していった。
その後も、飢饉が起きるほど酷いありさまになっても王家の姿勢は変わらず。不満が溜まっていよいよ我慢ならなくなった国民達は反乱を起こし、ついに王家を打倒し、ナホトを処刑した。
けれど結局国の天候は回復することなく、国民達がなんとかサクに再び火陽国に戻ってくるよう打診するも、サクが戻ってくることはなく、火陽国は衰退の一途を辿るのだった。
終
ナホトが見えなくなったタイミングでサクがそうぽつりと漏らせば、ギュッとマツバに正面から抱きしめられる。
先程もそうだったが、あのかつての小さく幼かったマツバからは想像できないほど力強くて、サクはなんだかドキドキした。
「ずっと心配してた。まさかこんなことになってただなんて。俺がもっと早く気づいていたら……」
「ううん、マツバのせいじゃないわ。私が上手く立ち回れなかったから……そのせいで、マツバまで辱めを受けることになってしまって、ごめんなさい」
「謝らないで。サクさんは悪くない。そもそも、サクさんを大事にする約束があったはずなのに、破ったのはあいつだろう? サクさんがこんなことになるのなら、あのときもっと反対しておけばよかった」
そう言って苦虫を噛み潰したような顔をするマツバ。
まさか当時マツバが結婚に反対していたとは知らず、サクは「え? 反対したの?」と声を漏らす。
「したよ。でも、約束もしたし、たくさんの宝石を捧げるくらいに欲しているのなら、きっと大丈夫だと父に押し切られてしまって。俺はそれで渋々引き下がったけど、あれからずっとサクさんから連絡がないからおかしいと思っていたんだ。だから、一目でもサクさんの元気な姿が見たくて俺はここに来たんだよ。……元気じゃなかったけど」
そう言って、縋りつくように抱きついてくるマツバ。
やはり身体は大きくなったとはいえ、甘えん坊な中身は変わっていないようだ。
「ありがとう、マツバ。またマツバに会えてよかった」
「俺こそだよ。もう一生会えないかと思った。だから、会えて嬉しい。もう絶対にキミをどこへもやらないから」
さらにギュッとキツく抱きしめられて、胸がいっぱいになる。
強く抱きしめられて苦しいはずなのに、今は多幸感で満たされていた。
「それにしても、マツバが王様になったなんて。顔つきも身体も立派になって、びっくりしたわ」
「サクさんが結婚してから五年も経ったからね。家督を譲ってもらったんだ。俺も成長したんだよ」
「そうね。昔はあんなに、ねぇねねぇねって呼んでたのに。今は他人行儀にサクさんだなんて」
「そ、そりゃ、俺も十八になったし、二十一になったサクさんをあの頃みたいにねぇねって呼ぶのは失礼だろ!?」
「私は別に構わないけど?」
「とにかく、サクさんはサクさんだ」
昔はもう少し可愛げがあったのに、意地っ張りだなと微笑ましくなるサク。
(あぁ、やっと自分を取り戻せた気がする)
こうした何気ない会話をすることが久々なサクにとって、マツバとの気兼ねない会話は楽しかった。
ナホトから離れるだけでこんなにも心が穏やかになるだなんて、サクは思ってもみなかった。
そして、サクは今まで失っていた心を取り戻すように、豊光国の船へと向かう道中で火陽国での出来事をマツバに洗いざらい話す。
船に乗り込み船内の部屋で二人きりになるとやっと肩の荷が降りたかのように、サクは身体中の力が抜けるのを感じた。
「あいつ、一発ぶん殴っておけばよかったな」
「やめてよ。外交問題になっちゃう」
「いいさ。随分と俺達のこと舐めてたみたいだし」
「それに関しては本当に申し訳ないわ。元妻として夫の発言を謝罪するわ」
「元、夫だろ」
「そうだけど。あと、ごめんなさいね。あのときあの人私のことをマツバに押しつけようとしてたけど、気にしないでね。マツバにはもっと若くて相応しい女性がいるだろうから、あんな適当に交わした約束は気にしないちょうだい」
売り言葉に買い言葉。
きっとマツバも本心ではなく適当に合わせただけだろうとサクがナホトの代わりに謝れば、なぜかマツバがきょとんとした顔をした。
「何を言ってるんだ? 俺は国へ帰ったら普通にサクさんと結婚するつもりだけど」
「え? いやいやいやいや、何を言ってるの。私は出戻りよ? わざわざそんなハズレを引く必要はないでしょ。マツバはかっこいいし、王様になったんだし、モテるんだろうからもっといい人が……」
「俺はサクさんがいいんだ」
そう言って、サクはマツバにまっすぐ見つめられる。
あまりに強い視線に目が逸らせないでいると、いつのまにかだんだんと距離を縮められて気づけばマツバに抱きしめられていた。
「ずっと好きだったんだ。だから、今までどの縁談も断ってきた」
「うそ……」
「嘘じゃない。もしサクさんが俺を受け入れてくれるなら嬉しい」
「受け入れるだなんて。私は年上でおばさんだし、出戻りだし、こんな醜い姿で、マツバに釣り合わないわ」
「そんなことない。そんな姿だろうが、俺はサクさんが好きなんだ。巫女だからとか、能力があるからとか、そういうの抜きにして、サクという人物が好きなんだ。ずっとキミを想い続けていた。だから、俺と結婚してほしい」
唐突なプロポーズ。
前回さえも元々望まれての婚姻だったのに、プロポーズは特になかった。
だからこそ、初めてのプロポーズにサクは胸が高鳴った。
「私で、いいの?」
「サクさんがいいんだって言ってるだろう?」
「……ありがとう」
本心から自分が必要とされている。
巫女だからだとか、能力があるからとかじゃなく、サクという自分自身を必要としてくれているマツバの言葉が嬉しくて、サクは涙を溢した。
「好きだよ。いや、愛してる。俺がサクさんを絶対に幸せにするから。約束する」
「……うん。うん」
サクがゆっくりと目を閉じると、触れる唇。
優しい口づけが愛しくて、嬉しくて、サクの胸はますます高鳴った。
そして、その胸の高鳴りに呼応するように晴れ渡る空。行く手には二人の行く末を暗示するような綺麗な虹がかかるのだった。
◇
数日後、豊光国に戻ったサクはたくさんの人々から歓待され、正式にマツバと結婚した。
その後、サクがマツバからの一途な愛を受け続けたことによって豊光国の天候は恵まれ、多くの作物が実るようになり、動植物が増え、ますます豊かな光り輝く国になっていくのだった。
一方、火陽国はと言うと、サクがいなくなったことで再び燃えるような暑さを取り戻していた。
サクがいなくなった当初こそ、久々の燃えるような太陽の暑さに歓喜したが、その後も激しく照りつける日差しは国民を疲弊させた。
その後も全く雨が降らなくなり、大地は枯れ、今までの天候に合わせて栽培していた作物は実らなくなり、国民はこぞって国王であるナホトに訴えるもナホトは相手にせず。むしろ自分の意に反する国民を次々と捕縛し、処刑していった。
その後も、飢饉が起きるほど酷いありさまになっても王家の姿勢は変わらず。不満が溜まっていよいよ我慢ならなくなった国民達は反乱を起こし、ついに王家を打倒し、ナホトを処刑した。
けれど結局国の天候は回復することなく、国民達がなんとかサクに再び火陽国に戻ってくるよう打診するも、サクが戻ってくることはなく、火陽国は衰退の一途を辿るのだった。
終



