虐げられた異能の巫女は一途な愛で満たされる

「陛下が言うようにそろそろ太陽が恋しいわ」
「ずっとこの薄暗い雨だものね」
「本当、正妻の陰気さには困ったものだわ」
「さっさといなくなれば太陽も戻ってくるかもしれないのに」
「そうそう。側室がたくさんいるのだから、陛下も早く離縁してしまえばいいわよね。そうしたら、あの人にかかるお金が浮くわけだし」
「浮くって言ってもあの人残飯処理係でしょ? 大して変わらないんじゃないの?」
「あははは。確かに、それは言えてるかも」
「…………」

近くにサクがいるというのに使用人達は聞こえているかどうかすら気にもとめないでサクの悪口を大声で言い合う。
正直ずっと言われ続けて慣れてきてはいるものの、それでも傷つかないわけではなかった。

(私だって、こんな陰気になることを望んでなどいなかった……)

約束はなかったことにされ、夫であるナホトは率先してサクを虐げ、それに追従するように側室や使用人も軽んじる。
かつての穏やかな日々があったことなどとうに忘れ去られ、国民からすらこの曇天を理由にサクの存在は疎まれている。

サクは火陽国の人々にとってもはやお荷物な存在と化していた。

(この国にはどこにも居場所がない……いっそ、離縁してくれたら国に帰れるかもしれないのに)

正妻だというのに、服や装飾品などの持ち物はほとんど破壊されて捨てられてしまって最低限しか持ち合わせていない。食事も死なない程度の粗末な量。あてがわれる場所も元々寝室にしていた場所の隅のほうだけ。
その場所すらナホトの気分によっては追いやられ、ベランダで過ごすこともしばしばあった。

(いっそ早く死んでしまいたい)

そう思っても、自ら命を断つ勇気もなくてずっとこの状況を甘んじて受け入れている。

居場所もない。逃げ道もない。

ただ日々が過ぎるのをジッと耐えて待つのみ。
サクにはそれしかできなかった。

(……豊光国のみんなは元気かしら)

ふと故郷を思い出す。

大好きな家族。大好きな幼馴染。大好きな友人。

みんなの笑顔や思い出だけが、サクの支えになっていた。

しかし、それ以外の大切なものは全てナホトに奪われてしまったせいで、サクと豊光国を繋ぐものは記憶以外何もない。
新たに手紙を書いても渡してもらうことすらできずに目の前で燃やされ、サク宛の手紙や贈答品もあのときを境に全く届かなくなってしまっている。

(望まれて結婚したはずなのに。本当に、どうしてこんなことになってしまったのかしら……)

豊光国のあの穏やかな日々が恋しい、死ぬ前に一度でいいからみんなに会いたい。でも、その願いは叶わないと、サクははらはらと静かに涙を溢すのだった。





「宴をする。支度しろ」

珍しくナホトに話しかけられたかと思えば、何かの催しで各国の王を招いて宴をすることになったらしい。
寝耳に水だったサクは困惑するも、どうも正妻が不在というのは体裁が悪いとのことで、形だけでも出席しろとのことらしかった。

「お前は前に出なくていいからな。宴の主催者としてはボクとジュリが前面に出るから、お前は裏方に徹しろ。いいな」
「はい」

サクがそう答えると、すぐさまどこかへ行ってしまうナホト。
サクはナホトの機嫌を損ねないようにとサクはすぐさま与えられた服を着て久々の化粧を施していると、今度はナホトと入れ替わるようにジュリがやってくる。
その表情は不機嫌そのもので、ひどく歪んでいた。

「その服、汚したら承知しないから」
「はい。心得てます」
「ふんっ! 全く。ナホト様のお願いだから貸したけど、どうしてこんなゴミに私の服を……」

どうやら与えられた服はジュリの服だったらしい。ジュリがぶつぶつと文句を言いに来るのを大人しく俯きながら聞く。

「いい? あんたは裏方だからね。決して表に出ないこと。もし必要なときは遠くから挨拶なさい」
「はい、わかりました」

もはやどちらが正妻かわからぬほど立場が逆転しているが、サクが大人しく受け入れるとジュリはそれ以上何も言わずにナホトのところへと行ってしまった。

(そもそも、こんな醜い姿で出られるわけがない)

ジュリの鮮やかな羽織に不釣り合いな土気色の肌は痣のせいで斑に色がつき、痩せて骨張っている。髪はパサパサでひどくうねって見窄らしい。顔の精気は失せ、化粧でも誤魔化せないほど。
かつての精気に満ちた白魚のような美しい肌も、ふっくらとした身体つきも、艶々な春色の艶やかな髪はどこにもなかった。

だからこそ、サクはこんな醜い姿を誰にも見せたくはなかった。見知っている人には特に。……そのはずなのに。

「え。もしかして、マツバ……?」

裏方に徹しようと目立たぬ女中のように食事の補充や片付け、掃除などをしていたとき、ふと見知った顔が見えた気がして思わずサッと隠れる。
そして、影から覗き込むとそこにいたのは確かに幼馴染であるマツバであった。

「マツバが……どうして?」

マツバはサクの三つ下の幼馴染で豊光国の王子だ。
火陽国に嫁ぐ前までサクと親しくしていてサクのことを「ねぇね」と呼んで慕ってくれていた。
あれから五年も経っているせいか、サクよりも小さかったはずがかなり身長も伸びて遠目から見てもサクの頭一つ分は高いのがわかる。顔つきも身体つきも男性らしく逞しくなっていて、周りにいる女性からの視線を集めるほど凛々しくなったマツバに、サクは思わず目を疑った。

(でも、あれは間違いない。絶対にマツバだわ)

いくら見違えるような成長をしたからといって、サクが大事な幼馴染であるマツバを見間違えるはずがなかった。
だからこそ、どうしてここにマツバがいるのかと思っていると、不意に「そこで何をコソコソしている」と冷ややかな声をかけられ、サクは恐怖で身体を硬直させた。

「ナホト様……申し訳ございません。すぐに持ち場に戻ります」
「待て」

サボっているなんて思われたらまた叱責されるとサクが慌てて持ち場に戻ろうとすれば、なぜか引き留められる。
サクは訳がわからず言われた通りに足を止めると、ナホトはキョロキョロと辺りを見回して何かを得心したのかニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「そういえば、あやつは豊光国の新たな王となった者だと言ってたな。知り合いか?」
「っ、……はい。幼馴染です」
「ほう、幼馴染。それならなぜ、コソコソと隠れるような振る舞いをする? 旧友に会いたくないのか?」
「私は仕事がありますから」
「なるほど。では、特別に会わせてやろう」
「!? な、なぜです。やめてください」
「ははは、知り合いなのだから問題ないだろう?」

ナホトは嫌がるサクを無理矢理マツバがいる方へと連れて行く。サクは必死に抵抗するも力で勝てるはずもなく、呆気なくマツバの前へと連れて来られてしまった。