虐げられた異能の巫女は一途な愛で満たされる

「サク! サクはいるか!?」

ナホトは私室に戻るなり、大声でサクを探す。
すると、湯浴みを済ませたばかりらしいサクが髪を濡らした状態で奥からパタパタと小走りでナホトに駆け寄った。

「はい、ナホト様。私はここにおります。……お急ぎのようですが、どうかなさいましたか?」
「あぁ。サクに頼みがある。今すぐ嵐を起こしてくれ」

突然の突拍子もない頼みに、目をぱちくりとさせるサク。
ナホトの言っていることが理解できなくて、困惑した様子でナホトを見つめた。

「嵐、ですか? なぜ、突然嵐を起こせなどとおっしゃるのです?」
「理由などどうだっていいだろう!? いいからさっさとやれ!」
「キャッ!」

思いきり身体を突き飛ばされて、サクは尻餅をつく。あまりに突然の乱行に、サクは混乱した。

「ナホト様、どうなさったのですか? いきなりなぜこんなこと……。もしや、具合でも悪いのですか? お医者様をお呼びしましょうか?」

サクが訳がわからないなりにもナホトを気遣い駆け寄る。
だが、それすらも気に入らないナホトは、さらに苛立った様子でサクを振り払って叫んだ。

「いいから、今すぐ嵐を起こせと言っているんだ!」
「……っ!? いくらナホト様の頼みでも、そんな急におっしゃられても無理です。嵐など今まで起こしたこともありませんし、やったこともございません。それに突然嵐などになったら国民の皆様の生活が……」
「煩い! ボクに口答えなんてするな! つべこべ言わずにさっさとやれって言ってるんだ!」

バシン……っ!

鈍く重たい音が室内に響く。
それがナホトがサクの頬を叩いた音だと理解するのに、わずかな時間を要した。

(いったい、何が起きたというの……?)

打たれた頬が燃えるように熱くなる。
衝撃で口内が切れたのか血の味が口いっぱいに広がり、じんわりと視界が滲んだ。

痛い。痛い。痛い。

突然の衝撃に、顔も口も心も何もかもが痛かった。

「ボクはお前の旦那様だぞ!? この国の王様なんだ! 誰よりも偉いんだ! そのボクの頼みを聞けないと言うのか!? お前には能力しか能のないくせに!」

突然の侮辱。罵倒。
望まれて結婚したはずなのに、なぜ嵐にできないと言っただけでこれほどまでに酷い仕打ちをされなければならないのか、サクには全く理解できなかった。

「どうしてこんなことをなさるのです? ……結婚のお約束と違いますっ」
「約束? ……勝手に約束をしたのは父だろう? ボクじゃない」
「っ! そんな……」
「ボクは最初から納得していなかったんだ。勝手に結婚を決められただけでなく、結婚相手まで決められて。ボクは優しいから渋々受け入れていただけで、こんな結婚したくてしたわけじゃない! ボクは今まで十分我慢した! ボクが我慢しただけの見返りを寄越せ!」
「急にそんなことおっしゃられても……」
「ほら、いいからさっさと嵐にしろ! この役立たずが! 少しはボクのために働いてみせろっ!」
「うぐっ」

その後も殴られ、蹴られ、髪を掴まれて振り回されて。痛みと苦痛でサクは呻きながら「やめてください」「許してください、ナホト様」と懇願するも、ナホトは一向にやめてくれる気配はない。

そんなときだった。

突然、穏やかだったはずの空に暗雲が立ち込める。そして、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

そんな外の景色を見て、ニヤリと笑うナホト。その瞳は狂気の色が滲んでいた。

「ほら、やればできるじゃないか! ならもっと痛めつけてやれば……もっと酷くなって嵐が起きるはずだな……!」
「!?」

さらに苛烈する暴力と罵倒。
サクは必死に身を縮こませながら、ひたすら耐えることしかできなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。ふんっ、全然嵐にならないな。だったら……」

雨は本降りになってきたのにそれ以上荒れる気配がないことに痺れを切らしたナホトは、サクの部屋へと入っていく。
サクは一体なぜ自分の部屋に行くのかと、ぼろぼろになった身体でふらふらとナホトのあとを追うと、飛び込んできた光景に自分の目を疑った。

「ナホト様!? やめてください! やだっ! ダメっ! ナホト様、お願いだからやめてください!!」

サクが絶叫にも近い悲鳴を上げる。
なぜなら、ナホトがサクの私物をことごとく破壊していたからだ。
服は裂かれ、装飾品は引きちぎられ、嫁入り道具として持ってきた化粧品や香水など全てが折られたり割られたりしていた。

「酷い……なぜこんな……っ」
「ほらほら、早く嵐にしろ。さもなくばもっとお前の持ち物がなくなっていくぞ?」
「やめて……っ! もうこれ以上はやめてください!!」

サクがナホトの身体にしがみつく。
だが、ナホトは鬱陶しいとでも言うようにサクを強引に引き剥がして、その勢いのまま壁に投げつけるように叩きつけた。

「そういえば、これはお前が一等大事にしていたよな?」
「ナホト様!? どうか、それだけは……それだけはどうかお許しください……っ! 何でもしますから……!!」
「何でもするというのなら、早く嵐にしてみろ。……ほら、できぬのだろう? だから、実力行使をするまでだ。恨むなら己れの非才を嘆くのだな」
「そんな……っ、あぁ……! あぁああああああ」

祖母からの形見の鼈甲櫛が折られ、家族からの手紙を破られ、たった一つの家族の肖像画も裂かれてしまい、大事なもの全てが壊されてしまったことにサクは半狂乱になる。

すると、サクの心情と比例するように天候は大荒れに。
風は吹き荒んで木々を大きくしなるほどの強さへ。雨は大粒となったかと思えば、盆をひっくり返したかのような猛烈なものへと変わっていく。
極めつけは轟音と共に大地を引き裂く雷まで聞こえてきて、いよいよ嵐の到来にナホトは「これが嵐……!」と歓喜した。

「はははは! ほら、ボクにできないことはない! もっと早くこうすればよかった! ふふ、これでタイジも納得するだろう。ボクはすごいのだと……!」

ナホトはそう言って高笑いすると、そのまま上機嫌でサクの部屋を出て行く。
残されたサクはぐちゃぐちゃにされた大事なものを掻き集めながら、ぼろぼろの身体でシクシクの泣くのだった。

その後も、ナホトは躾と称してサクを痛ぶり続けた。

今まで我慢していたぶんだと自分で自分に言い訳して、サクが自分の思った通りの行動をしないと飯を抜き、少しでも天候が落ち着くと難癖をつけて下女のように働かせる。
さらに、自分で結婚相手を選ぶと数多くの側室を作り、わざとサクに見せつけるように彼女達を寵愛してサクを貶めた。

ナホトはサクを虐げることに優越感を覚え、サクが苦悶の表情を浮かべるたびに愉悦に浸った。

それが結婚してから五年経った今まで続き、サクの身体は痩せこけ、髪はボサボサで、肌はぼろぼろ。ところどころ痣ができ、サクは正妻とは思えない見窄らしい姿になっていた。

そして、誰も彼もがサクを虐げ続けることによって、火陽国がかつての姿からは想像できないほど常に厚い雲に覆われ、しとしとと雨がよく降る国へと変貌を遂げたのである。