虐げられた真珠乙女の逆転婚~冷徹な夫が探し求めたのは身代わりで嫁いだ私でした〜

 運び込まれたのは、建築現場で足場の下敷きになったという十歳の少年。
 ぐったりとした身体は土埃と血にまみれ、顔色は真っ青だ。

「……ひどい。内臓をやられているじゃないか」
 駆け寄った婦長が苦渋に満ちた声を漏らす。
 この診療所には、高度な外科手術を行う設備も、高価な薬もない。
 もちろん優秀な医者もいない。

「うちでは……」
 華族が利用する病院であれば、もしかしたら助かるかもしれないが、こんな小さな診療所では何もしてあげられないと婦長は目を伏せた。

「頼む、頼むよ」
 周囲の看護婦たちが絶望に顔を伏せる中、少年の呼吸は浅くなっていく。

「シズ! 包帯、ありったけ!」
「はい!」
 静香は乾いたばかりの包帯をあるだけ箱に入れ、急いで運ぶ。
 刻一刻と死が迫る少年を目の前にした静香の手は恐怖で震えた。

「すぐ治してくれるからな」
 少年の父親は泣きながら意識がもうろうとしている少年に話しかける。
 もう返事をすることもできない少年の姿に、静香は涙が止まらなかった。

 この子はまだ生きようとしているのに、ここの設備では救えない。
 静香は、震える手で懐に隠した『特殊真珠』の場所に触れた。
 
 これは自分の自由を買うためのもの。
 だが、今、目の前の命を救えるのはこの真珠だけだ。
 また作ればいいと思えるほど簡単な作業でもなく、苦しみも痛みもある。
 それに今月のように雨だったら作ることができない。
 私が真珠を持っていると、作れるのだとバレたら、一生奴隷のように働かされるかもしれない。

「頼む、目を閉じるな。おい、がんばれ」
 自分の未来、自由、そして平穏。
 人の命と天秤にかけること自体、間違っているのかもしれない。
 でも、自分の幸せも諦めきれない。
 
 だが、少年の父親の血を吐くような慟哭を無視できるほど、静香の心は枯れ果てていなかった。

「婦長! すり鉢はどこですか?」
「そんなもので何を」
「早く貸してください!」
 すり鉢とすりこぎ棒を借りた静香は胸元から5㎜程度の小さな特殊真珠を取り出す。
 ひと思いに真珠を砕くと、欠片を手に取った。