虐げられた真珠乙女の逆転婚~冷徹な夫が探し求めたのは身代わりで嫁いだ私でした〜

「明日は9時に来な。あんたの仕事は洗濯だ」
「ありがとうございます」
 
 翌日から、静香の壮絶な毎日が始まった。
 毎朝8時に菊乃が持ってくるパンとスープを食べたら急いで出勤。
 慣れない力仕事に腰は砕けそうになり、冬の冷たい水での洗濯は過酷だった。
 なかなか落ちない包帯の血、汚れたシーツ。
 だが、別邸ですることもなく、ただ死を待つように過ごしていた日々に比べれば、毎日が充実していた。

 いただいた給金で帰りに温かい食事をして別邸に戻るなんて、少し前の自分では考えられないような行動だ。
 
「いただきます……っ」
 出汁の香りが鼻をくすぐり、凍えた身体に染み渡る。
 嵯峨邸の冷え切った食事とは比べものにならない、自分の労働の対価で得た「温もり」だった。
 
 食べ終えた静香は夜道を急ぐ。
 裏門から森を抜けて別邸に滑り込み、冷たい水で身体を洗って寝巻きに着替る。
 『お飾り夫人』に戻った静香は、満月の日を待ちわびながらすぐに眠りについた。
 
 
 だが、今月の満月はあいにくの雨だった。
 天気ばかりは仕方がないが、資金を増やすことができなかった静香は落ち込んだ。
 
 この能力は、間宮一族の女性にしか現れない特殊能力。
 しかも全員に受け継がれるわけではなく、数代に1人しか現れない稀有な能力だ。
 静香の前は曾祖母だったが、曾祖母は若くして亡くなってしまったらしい。
 この特殊能力は己の命と引き換えだから、絶対に他人には教えないようにと祖母に教えられた。

 両親は見目麗しい姉にその能力があると信じ、幼いころから姉だけに最高の教育を施し、蝶よ花よと愛でてきた。
 だが、姉に能力の片鱗はなく、事業にも失敗し、立ち行かなくなったところで嵯峨家からの縁談があったのだ。
 甘やかされて育った姉が、他家に嫁ぐなどできるはずもなく、結局直前で逃げ出してしまったが。
 
 子どもの頃から能力がないと決めつけられ、姉の影に隠れていた私の方にまさか能力があるなんて、誰も思わなかったのだろう。
 あっさり姉の身代わりで嫁入りが決まり、両親からは嫁いでから一度も手紙はない。
 もちろん書類上の夫もこの別邸に現れることはなく、本当にお金のためだけの政略結婚だったとよくわかる。
 
 誰にも必要とされない人生だったが、診療所でようやく一人の洗濯係として認めてもらえたような気がした。

「頼む、助けてくれ! 息子が、息子が……!」
 いつものように洗濯をしていた診療所に、突然激しい足音と悲鳴が響き渡った。