「まさか今までの負債も事業に失敗したのではなく、賭博やお姉様の贅沢品だったということですか?」
「私が美しければ美しいほど、いいところにお嫁に行けるのよ」
何が悪いのよと開き直る姉の麗華を、静香は真っすぐに見つめた。
「……逃げ出しておきながら、自分の行いを正当化するなんて」
「うるさいわね、静香のくせに」
「娘を売っておきながら、まだ賭博場に出入りするなんて」
「今度こそ儲かると思ったんだ」
「観察眼も洞察力もない人に賭博は向いておりません」
「なんだと!」
拳を振り上げた父の手を征一郎はパンと弾く。
「嵯峨の名を勝手に出し金品を受けとった詐欺の疑いで、出頭願おうか」
征一郎が短く合図をすると、会場の隅に控えていた憲兵たちが一斉に足音を鳴らして近づいた。
「嫌! 離して! 私が嵯峨夫人になるはずだったのに。静香、あんたのせいよ。あんたが……!」
麗華は、自慢のドレスが床に擦れるのも構わず、醜く喚き散らしながら引きずられていく。
「静香、おまえがうまく立ち回らないからだろ! 今から頼め!」
「何を頼むのでしょうか?」
「そんなこともわからんのか! だからおまえは……」
父は大きな声で騒ぎながら、憲兵に必死で抵抗した。
「嵯峨様、誤解があるようです。もう一度話す機会を!」
往生際が悪い父を連れて行こうとする憲兵に、征一郎が少しだけ待つように指示をすると父の顔は期待で満ち溢れる。
征一郎は静香からそっと手を離すと、コツコツと靴音を鳴らしながら父に近づいた。
「間宮家の秘宝は大切にしますので、ご安心を」
征一郎は父の耳元で囁く。
「秘宝……?」
「えぇ。数代に1人の」
征一郎は口の端を上げると静香に視線を送った。
「……まさか」
父は震える声で呟きながら静香を見つめる。
「さようなら、お父様」
静香はこれ以上ないほど笑顔で父に別れの言葉を告げた。
もう二度と会いたくない、私の過去の家族。
もう身代わりにはならない。
もう利用されない。
私は新しい家族と、私を必要としてくれる人と幸せになりたい。
父が扉から出た瞬間、会場は静まり返る。
「さぁ、夜会は仕切り直しよ。その美しい友禅をダンスフロアの真ん中で見せてくださる?」
「はい、黒川夫人」
「一生、静香を独占する栄誉を」
征一郎は静香の指先に唇を落とすと、優雅なエスコートでダンスフロアの真ん中まで連れて行ってくれた。
ガス燈の光を浴びた静香の友禅が気高く輝く。
身代わりで結婚した静香は、今、本物の愛と誇りを胸に、新しい時代の主役として歩み出した――。
数ヶ月後、静香の実家である間宮家が没落したと新聞に見出しが載った。
新聞によると、父は帝都の本邸と家財を売り、借金の返済に充てたそうだ。
真珠があれば再建できると父は何度も征一郎に頼んだそうだが、もちろん征一郎は拒否。
静香への接近禁止命令を出してくれた。
征一郎と話し合い、静香は後世に真珠の作り方を伝承するのはやめると決めた。
あの苦しい儀式を子孫の誰にも味わわせたくなかったからだ。
「かあさま、これはなあに?」
征一郎にそっくりな5歳の長男が、小さな瓶に入った真珠の欠片を手に走ってくる。
「これはね、とっても大事なものなの。ととさまと仲良くなるきっかけをくれた宝物なのよ」
「じゃあ、いつかぼくもキラキラした石をかあさまにあげるね」
もっと大きな石にしたら、ととさまに勝てると長男は笑った。
「……ダメだぞ。静香は俺のだ」
後ろから急に抱き寄せられた静香は、声の主である征一郎に微笑む。
「ずるい~。ぼくも」
足元にくっつく息子と、背中から包み込んでくれる旦那様。
静香は目を細めながら、幸せな毎日に感謝した。
END
「私が美しければ美しいほど、いいところにお嫁に行けるのよ」
何が悪いのよと開き直る姉の麗華を、静香は真っすぐに見つめた。
「……逃げ出しておきながら、自分の行いを正当化するなんて」
「うるさいわね、静香のくせに」
「娘を売っておきながら、まだ賭博場に出入りするなんて」
「今度こそ儲かると思ったんだ」
「観察眼も洞察力もない人に賭博は向いておりません」
「なんだと!」
拳を振り上げた父の手を征一郎はパンと弾く。
「嵯峨の名を勝手に出し金品を受けとった詐欺の疑いで、出頭願おうか」
征一郎が短く合図をすると、会場の隅に控えていた憲兵たちが一斉に足音を鳴らして近づいた。
「嫌! 離して! 私が嵯峨夫人になるはずだったのに。静香、あんたのせいよ。あんたが……!」
麗華は、自慢のドレスが床に擦れるのも構わず、醜く喚き散らしながら引きずられていく。
「静香、おまえがうまく立ち回らないからだろ! 今から頼め!」
「何を頼むのでしょうか?」
「そんなこともわからんのか! だからおまえは……」
父は大きな声で騒ぎながら、憲兵に必死で抵抗した。
「嵯峨様、誤解があるようです。もう一度話す機会を!」
往生際が悪い父を連れて行こうとする憲兵に、征一郎が少しだけ待つように指示をすると父の顔は期待で満ち溢れる。
征一郎は静香からそっと手を離すと、コツコツと靴音を鳴らしながら父に近づいた。
「間宮家の秘宝は大切にしますので、ご安心を」
征一郎は父の耳元で囁く。
「秘宝……?」
「えぇ。数代に1人の」
征一郎は口の端を上げると静香に視線を送った。
「……まさか」
父は震える声で呟きながら静香を見つめる。
「さようなら、お父様」
静香はこれ以上ないほど笑顔で父に別れの言葉を告げた。
もう二度と会いたくない、私の過去の家族。
もう身代わりにはならない。
もう利用されない。
私は新しい家族と、私を必要としてくれる人と幸せになりたい。
父が扉から出た瞬間、会場は静まり返る。
「さぁ、夜会は仕切り直しよ。その美しい友禅をダンスフロアの真ん中で見せてくださる?」
「はい、黒川夫人」
「一生、静香を独占する栄誉を」
征一郎は静香の指先に唇を落とすと、優雅なエスコートでダンスフロアの真ん中まで連れて行ってくれた。
ガス燈の光を浴びた静香の友禅が気高く輝く。
身代わりで結婚した静香は、今、本物の愛と誇りを胸に、新しい時代の主役として歩み出した――。
数ヶ月後、静香の実家である間宮家が没落したと新聞に見出しが載った。
新聞によると、父は帝都の本邸と家財を売り、借金の返済に充てたそうだ。
真珠があれば再建できると父は何度も征一郎に頼んだそうだが、もちろん征一郎は拒否。
静香への接近禁止命令を出してくれた。
征一郎と話し合い、静香は後世に真珠の作り方を伝承するのはやめると決めた。
あの苦しい儀式を子孫の誰にも味わわせたくなかったからだ。
「かあさま、これはなあに?」
征一郎にそっくりな5歳の長男が、小さな瓶に入った真珠の欠片を手に走ってくる。
「これはね、とっても大事なものなの。ととさまと仲良くなるきっかけをくれた宝物なのよ」
「じゃあ、いつかぼくもキラキラした石をかあさまにあげるね」
もっと大きな石にしたら、ととさまに勝てると長男は笑った。
「……ダメだぞ。静香は俺のだ」
後ろから急に抱き寄せられた静香は、声の主である征一郎に微笑む。
「ずるい~。ぼくも」
足元にくっつく息子と、背中から包み込んでくれる旦那様。
静香は目を細めながら、幸せな毎日に感謝した。
END


