虐げられた真珠乙女の逆転婚~冷徹な夫が探し求めたのは身代わりで嫁いだ私でした〜

「この診療所を建て替えようと思う。もう少し医療設備も増やし、包帯や薬も増やす予定だ」
 征一郎は良い案だろう? と静香に尋ねる。

「診療所の管理は静香、おまえに任せる」
「……私、ですか?」
「慣れない仕事も嫌な顔ひとつせず働いていたそうじゃないか。上辺だけの帳簿の数字を追う人間ならいくらでもいるが、現場の痛みがわかる人間はそういない」
 征一郎は静香の肩を抱き寄せ、その頼りなげな瞳を真っ直ぐに見つめた。

「嵯峨静香として、この場所をお前が守り、育ててみないか?」
 姉の「身代わり」ではなく、誰かの「道具」でもなく、静香として与えられた役割に胸が熱くなる。

「精一杯、努めさせていただきます」
「だが、洗濯は禁止だ」
「では包帯の巻き方を教わるのは構いませんか?」
 困った顔をする征一郎に、静香はダメですか? と笑った。

    ◇

 新しい診療所の間取り図を広げながら配置を相談する時間は、静香にとって夢のような時間だった。
 初めて自分が必要とされ、不足する知識は征一郎がすべて補ってくれる。
 少し近すぎる距離がドキドキしすぎて困るけれど。

「友禅の仕立てが届いたな。夜会に間に合ってよかった」
「先日もドレスを買っていただいたのに」
「次は着物の方がいい」
 夜会の主催者が友禅を好んでいると言われた静香は、社交界は大変なのだとしみじみ感じた。
 征一郎が仕立ててくれた友禅は金彩や刺繍が一切なく、渋めの色彩と繊細な写実表現だけで勝負されたとても美しい着物だった。

「遠目には落ち着いた色無地に見えるのに、こんなに繊細な模様が」
「外側から内側へ向かうボカシの美しさが粋だろう?」
 全ての工程を一人で仕上げる一貫作業で作られたこの着物は、派手な色彩や金箔を使わず、職人が技巧を凝縮した作品なのだと征一郎は静香に教えてくれる。
 
「私に着こなせるでしょうか……?」
「もちろんだ。静香に似合うものを選んだ俺の目を信じろ」
 征一郎の過剰な愛に包まれた静香は、頬を林檎のように赤く染める。

 以前は深夜にしか訪れなかった征一郎は、湖から帰って来た日から早めに静香の部屋へ来るようになった。
 朝まで征一郎に抱きかかえられながら眠るのは恥ずかしかったが、何度頼んでも離してもらえない。
 満月の日も、真珠は作らなくていいとハッキリと言われた。
 征一郎は静香の祖母から言われた「この子の命と引き換えに生まれる真珠のことは誰にも言わないで欲しい」という言葉をずっと守ってくれていたそうだ。
 
 充実した日々、甘い旦那様、やりがいのある仕事。
 すべて順調だと思っていたのに――。

「相変わらず地味な格好をして、恥ずかしいわ」
 金銀を散りばめた華美なドレスや豪華な振袖がひしめく夜会の会場で、先日誂えてもらった友禅を着た静香は、姉である麗華に大きな声で笑われた。