虐げられた真珠乙女の逆転婚~冷徹な夫が探し求めたのは身代わりで嫁いだ私でした〜

 夜会から5日。
 静香は実家には帰らず、今は誰も住んでいない別荘に移り住んだ。
 ここはかつて祖母が住み、静香も幼少期に数年だけ住んでいた場所だ。
 
 ここまでの旅費と着替えは、診療所の婦長に借りた。
 征一郎の耳に入ってしまうのではないかと不安だったが、他に頼れる人もなく、ダメ元で頼んだら快く貸してくれたのだ。
 必ず返しますと約束したが、婦長はいつでもいいと。
 わずかな間しか働けず、そして厳しい職場だったが、あの診療所で働くことができて本当によかったと心から思えた。
 
「早く働くところを見つけないと」
 数件の店で雇ってほしいと頼んだが、やはり帝都と同じように、静香の手を見るなり冗談はやめてくれと追い返されてしまった。
 ここは華族の別荘が集まる地域で店も少なく、診療所もない。
 どんな仕事ならできるのだろうかと、静香は湖の畔を歩きながら溜息をついた。
 
「あ、この木……」
 そういえば、この大きな桜の木の下で男の子に出会ったのだ。
 苦しそうに胸を押さえ、真っ青な顔でヒューヒューと喉を鳴らしている姿が可哀想で、元気になってほしいと思い、真珠をあげてしまった。
 
 私を探しにきた祖母に「真珠をあげたら元気になった」と話したら、酷く叱られ、それきりここに来ることを禁じられてしまったのだ。

「もう苦しんでいないかしら……」
 静香は、ごつごつとした桜の幹にそっと手を触れながら、大きな桜の木を見上げる。

「……あぁ。苦しくない」
 不意に聞こえた低い声に驚いた静香が振り返ると、鋭い眼差し、彫刻のような顔の征一郎が荒い息を整えながら静香に歩み寄った。
 
「俺が命を救われたこの場所に戻っているとはな」
 帝都中の人力車を止め、鉄道の記録をすべて洗わせ、ようやく向かった方向がわかり、もしかしてここではないかと思ったと征一郎は切なそうに微笑む。
 
「喘息で呼吸もままならなかった俺に、小さな真珠を飲めと言った少女をずっと探していた」
 喘息……?
 それに真珠って……。
 静香の脳裏に、桜の下で苦しそうにしていた少年の面影が今の征一郎の姿と重なり合う。
 
「あの時の男の子が……征一郎様だったのですか?」
「そうだ。俺はお前がくれた命で、お前を追い詰めていた……」
 征一郎は苦悶の表情を浮かべながら、静香の手に触れた。
 
「おまえは俺が探し求めていた唯一の女だ」
 征一郎は静香を逃がさないように強く抱き寄せ、耳元で甘く独占欲に満ちた声で囁く。

「……では、なぜ姉と縁談を?」
「俺の慢心のせいだ。俺は一番守りたかったお前を傷つけてしまった」
 自分の目が節穴だったことが許せないと、すまなかったと謝罪した征一郎は、結婚に至った経緯について教えてくれた。