虐げられた真珠乙女の逆転婚~冷徹な夫が探し求めたのは身代わりで嫁いだ私でした〜

 翌朝、静香が目を覚ました時には征一郎の姿はなかった。
 昨夜は天気が微妙だったが、満月の光を浴びて真珠を練るはずだったのに。
 
 なぜ突然やってきたのだろうか?
 なぜ同じ布団に入ったのだろうか?
 
 だが、その疑問はすぐに解決した。
 征一郎は満月の日だけではなく毎日、静香が眠った後にこの部屋にやってきて、早朝に自分の部屋に戻るそうだ。
 この本邸に移ってからずっとなのだと専属女中のひとりが教えてくれた。

 だが、ますます理由がわからない。
 女中には「愛されていますね」と揶揄われたが、真珠が目的のはずなのに満月の日に邪魔をしてきた理由がわからない。
 もしかして征一郎は満月という条件までは知らないのだろうか?
 いつでも作れるものだと思われていたら厄介だ。
 静香はどこまで打ち明けるべきか悩みながら、今日もルイ・ヒールのストラップシューズで歩く練習に勤しんだ。


   ◇

 夜会の会場は、大正ロマンを象徴するような煌びやかなシャンデリアの光に包まれていた。
 静香のドレスは先日仕立てた『勿忘草色』のシルク。
 着物しか着たことがない静香は、軽くてふわふわとした心許ない生地が風で揺れるたびに不安を感じた。
 草履ではない履物も歩く練習をしたが、まだ慣れない。
 このような豪華な場所に自分なんかがいていいのかと、場違いにも程があると静香は困り果てた。
 
「顔を上げろ、静香」
 静香の隣には、寡黙で冷徹な男。
 征一郎の隙のない立ち姿と彫刻のような美貌が会場中の令嬢たちの視線を釘付けにしていることくらいは、いくら鈍感な静香でもわかる。
 姉とだったら美男美女でお似合いだったのだろうなと、静香は自分を消してしまいたくなった。

「姉でなくて、申し訳ございません」
 消え入りそうな声で呟いた言葉は、喧騒にかき消されるはずだった。
 いくら隣にいても、優雅なワルツの響く中で、征一郎に自分の声が聞こえるはずはないと。

「静香」
 名前を呼ばれ、強引に顎を掬い上げられる。
 至近距離で見つめる征一郎の瞳は、冬の星空のように冷たく、けれどどこか熱を帯びていた。

「おまえがいい」
 征一郎の手袋越しに伝わる手の熱に、静香の心臓が跳ねる。
 この言葉は『真珠がいい』だとわかっているのに、自分自身を選んでもらったかのような錯覚に陥りそうになってしまう。
 そうだったらいいのにと、ありえない期待をしてしまう自分が虚しかった。