虐げられた真珠乙女の逆転婚~冷徹な夫が探し求めたのは身代わりで嫁いだ私でした〜

 姉の麗華ならもっと鮮やかな、誰の目にも留まるような緋色や黄金色を選んだだろう。
 だが征一郎が選んだのは、静かでありながらも芯の強さを感じさせる、清潔感と上品な優しさを兼ね備えた色。

「私にこの色を……?」
 なぜ仕立て屋にまかせずに、わざわざ選んだの?
 書類上の夫で、冷徹な実業家。
 そんな男が自分のために色を選んだという事実に、静香の胸の奥がざわつく。
 
「シルク特有の乱反射で、淡い水色から銀色に変化するのですよ」
「ドレープを作ると影の部分に深い青が溜まって、明るい部分の透き通るような青がまた映えるのです」
 仕立て屋は慣れた手つきでスッとドレープを作り、鏡越しに静香に見せる。

「綺麗……」
 静香が思わず呟くと、仕立て屋の二人は嬉しそうに微笑んだ。

「初恋相手と結婚できるなんて素敵ですわね」
「……初恋?」
 あぁ、そういうことか。
 征一郎はどこかの夜会で姉に一目惚れし、身辺調査しているうちに特殊真珠にたどり着いたのだ。
 特殊真珠は秘匿。
 使用人でも知っているのはごく僅かだが、お金を積まれた誰かがしゃべったのだろう。

 初恋相手と結婚できると思ったら、パッとしない妹をおしつけられ、別邸に追いやった。
 征一郎からすれば、当然かもしれない。
 私にはなんの非もないけれど。

 一目惚れした姉ではない以上、あの人にとって私は真珠を出すための道具に過ぎない。
 それならば、その役割を完璧に演じて、いつか隙を見て逃げ出そう。

「奥様も嵯峨様が初恋ですか?」
「私は……」
 私に初恋はあっただろうか?
 姉の後ろに控え、姉に夢中な男性たちを眺めるだけだったが。

 ……あぁ、そういえばあの男の子は元気だろうか?
 静香はふと、子どもの頃に祖母の別荘近くの湖で会った名前も知らない男の子を思い出した。
 
 顔は覚えていない。
 あの子は喘息だったのだろうか。
 ヒューヒューと息をする男の子が苦しそうで、初めて作った2ミリもない小さな特殊真珠を思わずあげてしまったのだ。
 
 あの時、祖母にものすごく怒られたことは覚えている。
 あれから祖母の言いつけ通り、特殊真珠のことは誰にも言わず、嫁ぐまで一度も作ったことはなかった。
 もちろん両親も姉も、私が真珠を作れることは知らない。
 祖母が教えない方がいいと言ったからだ。
 あの時は理由がわからなかったが、祖母は私を心配してそう言ってくれていたのだと、祖母が亡くなった後にようやく気付いた。

「初恋は、……秘密です」
「あらまぁ。嵯峨様には内緒にしておきますね」
「お願いします」
 静香は冗談めかして、ふふっと笑っておく。
 仕立て屋も突っ込むことなく、順調に採寸を終えた。

「奥様、このカタログの中にお好きなデザインがあったら教えてください」
 見せられたカタログには多くの種類のドレスのデッサンが描かれている。
 袖だけでも、丸くなっているもの、ひらひら、手首で絞られているものと多種多様だ。
 
「私は流行りもわからないので、おまかせしてもいいでしょうか?」
 どうせ着ないという選択肢は私にはないのだ。
 征一郎の好きにすればいい。
 静香はカタログをパタンと閉じながら、よそ行きの顔で微笑んだ。