フードコートダーリン


 休日のフードコートには、ちょっとしたイベント並みの集客力がある。
 シンプルなテーブルと椅子にカフェほどのこだわりは見られないし、経年劣化でへたれているソファーの座り心地だって平均値。
 それでも空席は見当たらず、誰かが立ち去るまで待機しているグループや家族が何組かいた。
 こんなに盛況だと知り合いに会っても不思議ではないのに、難度の高い探し絵みたいなもので遭遇率は案外低い。
 だというのに、謎のキラキラを常に振りまく知人の存在に気づいてしまったのは、俺が鈍くできていない証明なのだろう。

須王(すおう)、ソレさっきからやってるけど、やり方わかってんの?」
 
 面倒ごとには極力関わりたくないという意識が働いているせいか、俺の喋り方や態度はダウナー系に分類されるそうだ。
 何となく雰囲気が猛禽類ぽいからね、と付き合いの長い友人に指摘されたが、他人を威嚇するような態度なんてとったことはない。
 俺より背が高く、モデルみたいで見栄えのいいクラスメイトが叱られた子どものような顔をしたのはビビってるからなんて……思いたくはない。
 須王理仁(すおうりひと)は、初見で一定以上の好印象を獲得しそうな正統派の美形である。
 理想的な配置の顔立ち、バランスの良い体格。どこにもいても、きらきら光って注目されるうちの高校の有名人だ。

「僕の携帯は、対応する機種ではない……ということなのだろうか?」

 でっかいキャラクターパネルに印刷された二次元コードへカメラを向け連写していた須王が、眉を寄せて困惑気味に訊ねてくる。
 趣味嗜好が感じられないシンプルなケースは耐久性重視の仕様に思えた。薄っぺらい本体とカメラの形状は見慣れた人気機種とは違って特定できないが、そこまで昔のものには見えなかった。
 四角い二次元コードを凝視したって、隠されている文字列なんてない。後ろに並んでいる親子連れにまったく配慮していない迷惑客を放置するのは気が引けた。
 クラスメイトとは言えたいした交流はないし、まともに会話をしたこともない。
 そんな相手を構ってやるほど暇でもないのに放っておけなかったのは、すがるような目をしていたからとこいつの言動が何かの資料になるかもという打算だった。

「スタンプラリーのメイン会場は一階だったろ? 俺もついてってルールをチェックするのに付き合うわ。とりあえずここは後ろにいる子供たちに譲ってやれ」

 北住(きたずみ)は命令口調を改めないと誤解されちゃうよ。いとこが年下ばかりでお兄ちゃん気質が抜けないことなんて、他の人は知らないんだからさ。
 痛いところをズバズバ指摘する友人からの忠告が頭をかすめたけれどもう遅い。
 一方的な親切の押しつけは不快だっただろうか。恐る恐る反応をうかがうと須王のキラキラは何故かマシマシになって、こちらを見つめていた。
 俺が美形耐性を持っていなかったら、ヤバかったかもしれない。

「助けてもらった亀の気持ちが今はわかる。あの物語の本質は教訓だけではなかったのだな」

 手のひらにおさまりきれないスマホを握りしめて、須王は独り言をつづけた。

「困っている人を放っておけない精神を美徳というのだったか?」

 古風で独特な言い回しをいつ身につけたか知らないが、周りがそれを受け入れている。それならば個性を矯正する必要はないのだろう。どこがズレた言動も多いが、須王は生徒会役員で成績だって常に上位なのだ。

「とりあえず邪魔になるから、そこをどいてやれ」

 須王がそのままで許されるなら、俺も態度を改めなくていい。キャラクターパネルから須王を引き離して、一番近いエスカレーターを指差した。

「アレで降りて、一階のカフェノヴァまで行くぞ。そこがスタンプラリーのスタート地点だからな」

 スタッフでもないのに説明できたのは、洞察力が高いからではない。
 人ごみと外出が苦手なくせに、アオハル漫画を描いている叔母さんに代わって情報収集をしているせいだ。
 飲食費や交通費などの必要経費は実費請求、そこにプラスでバイト代も入るので俺の財布は満たされている。
 ネットで拾える情報には限りがあるし、投稿者のフィルターで染められた世界は面白くないらしい。
 現役学生の俺が興味を持ったものを写真や動画で撮って簡単なコメントを入力する。それをデータを共有するだけのお気楽なバイトだが、叔母にとっては発想の糧になるそうだ。
 アオハル素材を集めるために人が集まる場所を周回している俺は、あらゆる情報にセンサーを張っている。
 
 使えるかもしれない情報素材として、イベントの開催概要はチェック済みだ。
 施設内に設置された5つのスタンプを集め終えるとガラポンが回せる。豪華賞品が当たらなくてもコンプリートの景品として書き下ろしイラストのステッカーがもらえるらしい。
 チェックポイントをめぐる間に店内の商品も目に入るから販促になるし、集客効果も期待できる。費用対効果が高いイベントだからか、年に数回はやっているようだった。
 
 素直についてきた須王と一緒にエスカレーターで下に降りて、目的地前に立つまで会話は始まらなった。
 隣に並べばいいのに、後方から距離を詰めてこないこいつにとって俺は近寄りがたい印象なのだろう。
 スタンプラリーの説明を映像で表示するデジタルサイネージ。そこで足を留め、スマホを構えた須王は再び写真を撮り始める。

「待て、須王。この二次元コードを撮るんじゃない。フレームに入れて読み込むんだよ。ちょっと待ってたら、ウェブサイトへのリンクが……」

 きょとんとした顔でスマホの画面をのぞき込む須王には、俺の説明が届いていないようだった。
 小中学校は別だが、どこの教育機関でもタブレット端末を使用する授業はあったはずだ。
 高校になってからは、課題の提出や連絡で使わない日の方が少ないし、筆記用具並みに身近なツールだ。デジタル機器の基本操作がわからない学生なんておそらく存在しない。
 校内でのスマホの使用は認められていないから、放課後一緒に過ごすことのない相手のことはわからないけれど。

「そのスマホ機種変したばかりなのか?」
「……入学時に渡されたものだ。僕はこんな風に小さくて壊れる電子機器が苦手だから、機能について熟知はしていない」

 キッズ携帯くらいの機能しか活用しないとかありなんだろうか。スマホ依存や情報漏洩を防ぐため、親に制限されまくったという可能性もある。
 見せてくれたスマホのホーム画面にはデフォルトのアプリしか並んでいないし、壁紙だって初期からのものだ。
 須王のスマホは薄いが、通常サイズのポケットには入らない大画面の機種である。

「須王は生徒会役員だよな。議会進行とかで、お前らはタブレットを日常的に使ってるだろ?」
「あのくらいのサイズなら安心感がある。文書作成や入力のような作業だけなら問題はないし、わからないことは周りが親切に教えてくれる」

 シゴデキ風の外見と知的なイメージ。それをひっくり返すように、須王はデジタル機器に対して苦手意識があるようだった。

「なんでスマホを使うイベントに参加してみようと思ったんだ? いつも周りにいるやつらと来れば、色々教えてくれたんじゃないのか?」
「何事も当たってから砕けるべきだと花山に……」

 常に須王とセットでいる花山がこいつを突き放すのは意外だった。須王のコンシェルジュとも呼ばれている花山なら、俺よりも丁寧にイベントの説明をしてやれただろう。
 切り替わる映像に『ミトマリック』の主要キャラたちが登場していく。デジタルスタンプラリーの概要を説明し終えた彼らは、もうすぐ公開される映画の宣伝を始めていた。
 
 SNSの考察論争で盛り上がり、映画化が決定したアニメ『ミトマリック』は、大学生2人が製作した迷宮探索ファンタジーだ。
 ファン層は十代が中心で小学生とその親にも支持されている。須王のそこに入るのかもしれないが、SNSなどのぞきそうにもない。
 スタンプラリーの景品をコレクションしたり、転売したりもしないだろう。
 ガラポンの景品上位には、コラボした企業の食事券もあったはずだ。有名企業経営者の孫として産まれ、豪邸に住む須王には必要のないものだ。
 
「参加賞のステッカーしかもらえないかもな。上位の賞はほとんど残ってないみたいだし」
「僕は普段、周りを頼りすぎているようだ。そんな自分を変えていかなくては成長は見込めない。そんなことを話したら、ゴチャゴチャ考えずにやってみろと花山に言われたんだ」

 なるほど、花山は習うより慣れだと言いたかったのだろう。友人を思っての言葉だとしても少々厳しいが、方向性としては間違っていない。
 わからないことを人に聞き、間違って恥をかいたとしても貴重な体験になるはずだ。
 俺なんかがアシストしていては、須王の邪魔になってしまう。

「お前の事情も知らずに声をかけて悪かったな。確かに何事も経験だ。ネットリテラシーに不安があっても突き放したのは、失敗も経験のうちだと思ったからだろ。後は一人でがんばってくれ」

 色々察して離れようとした俺を須王が腕を掴んで引き止めてくる。

「待ってくれ、北住。君と新たな関係性を構築していくのは、僕にとって有益この上ないことだ」

 勢いよく早口で告げられた理由は納得しがたいものだった。

「新たな……って、俺たちそもそも一緒のクラスだろ」
「それはそうだが、これまではこんな近くに留まってくれなかっただろう?」

 見た目が王子様というだけでなく、生活環境の違う須王に馴れ馴れしく近づいてはいけない。
 適当な言い訳をして帰ろうと思ったのに、じっとこちらを見つめる瞳が子犬のようで動けなくなる。
 用事があるとか、人を待たせていたとか、ここから離れる理由なんていくらでも作れる。
 それなのに須王の希望に応えようと思ったのは、叔母さんの求めるキャラクターに近いものを感じたからだ。
 キラキラで、パーフェクトなクラスメイト。実はギャップがあるところも含めて、キャラのモデルとしては理想的だ。
 
「じゃあ、新たな関係性のスタートってことでよろしく」

 ようやく自由になった腕を持ち上げて、顎を支えるように指を開きブイを作る。
 煽るようなスマイルも『ミトマリック』のキャラがよくやる勝確ポーズの真似だった。須王は挨拶返しのつもりなのか、同じことをしてくれる。
 背景は見慣れたカフェチェーン、そしてモブばかりの人混み。
 雑然としていて映えるはずがないのに、こいつはやっぱりキラキラしていて特別だった。