無情の花嫁は、無自覚の寵愛で咲き誇る。


特にこの家には良い思い出がない。
だから、出てけと言われたらすぐに出ていける。なんの未練もなく。

「……お世話になりました」

小さく呟き、踵を返して雲龍家を後にした。これで本当に私の帰る場所は亡くなった。

お父様は私が離縁しても今後一切この家には入れないつもりなのだろう。みんな、私がいなくなってすっきりしているだろう。

……本当に、私はガラクタでしかなかった。


「すみません、どなたかいらっしゃいますか」

雲龍家から離れてしばらくすると、御影家の屋敷が見えた。私は事前に場所を教えられたので家の名前を見て、迷うことなく玄関を叩いた。

普通の人なら緊張するだろうが私は特にそんな気持ちを感じることはない。

私は笑わない、笑ってはいけない人形だから。

「はーい。どちら様でしょうか?」

「初めまして。御影家の長男様に嫁ぐことになりました雲龍皐月と申します。今日からお世話になりますが、どなたか御影家の方はいらっしゃいますか?」

玄関を開けたのはまだ歳若くて綺麗な女性だった。だけど、女性は私を見るなり真顔で淡々と聞いてくる。

「あなたが時雨様の花嫁様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、おがり下さい」

私の自己紹介を聞いて言葉遣いが柔らかくなる。だけどやっぱり表情は変わらない。噂通り、この家の人は笑わないのか。

笑わないのは自分も同じなので怖いとは思わない。お姉様が前言ったようになんだか仲間ができたような気持ちになった。

「ありがとうございます。お邪魔します」

頭を下げて女性の後ろを歩いた。
御影家の屋敷も雲龍家に負けないくらい広かった。

何部屋あるのだろうと辺りを見渡していると、ひとつの部屋にたどり着く。

「こちらが時雨様のお部屋になります。今ちょうど書き物をしていますので、ご挨拶をどうぞ」

「ありがとうございます」

女性は説明を終えるとすぐに去っていった。なんだか態度がさっぱりしていた。雲龍家の人間と違って、他人にあまり深く関わらないから少しほっとした。

「……失礼いたします。時雨様の縁談できました、嫁の雲龍皐月です。入ってもよろしいでしょうか」

挨拶の仕方なんて分からない。ただ、第一印象が大切なのはよくわかっていた。
しばらくして、部屋の中からボソリと声が聞こえる。

「入れ」

低いけどはっきりした男性の声。
その声に一瞬聞き覚えがあったが、気にしないで部屋の中に入る。