時雨様が何かを呟いたあと。
お姉様とお母様は意外にもあっさりと身を引いた。
いつもだったらもっと何か言われ、大声出私のことを笑うのに。私から目を背けるように、この場を去っていく。
その後ろ姿をぼんやり見つめる。
「全く、自分の娘だというのによくあんなことが言えるな。早々に面倒事に巻き込まれてしまった」
「も、申し訳ございませんでした。私の姉と母がとんだ失礼を……」
時雨様の声にはっとして頭を下げる。
お姉様とお母様は時雨様が隣にいるにも関わらず、私のことを色々言っていた。
聞かれたくないことまで聞かれてしまった。
御影家に嫁いだというのに情けない嫁で、申し訳なく思う。
「いや、お前が謝ることでは無い。それに、向こうからしたら俺のことは見えていないしな。それに……」
「え……見えて、いない?」
時雨様の言葉に思わず聞き返す。
御影家の噂は何度も聞いたことがある。御影家の人間に会ったあとは“何故か記憶が無くなる”。その噂が一番よく聞かれていた。
でも、今回は最初から時雨様の姿は2人に認識されていなかった。だから私のことを好き勝手言っていた。
本当に、見えていなかったのか……?
「なんでもない。とりあえず行くぞ。まずはあそこの店からだ」
私の問に答えることなく時雨様は顔を背けた。疑問ばかりが残るのに目が離せない。
時雨様は“冷酷”、“人に情がない”とよく噂を聞くけれど。全然、そんな感じはしなくなっていた。
「わ、わかりました」
私は慌てて時雨様のあとを追った。
御影時雨。
不思議な御方。
私は、もう彼に対して怖いという思いは無くなっていた。むしろ今は興味津々で、もっとこの人のことを知りたいと思った。
なんでこんな私を受け入れてくれたのだろうか。
なんでこんな私を……構ってくれるのか。
いつか、いつか時雨様本人に聞けるといいなと思う。
「……ありがとうございます」
時雨様の大きな背中にぽつりと呟いた。
私にとって、初めてできた“居場所”が時雨様の隣のように勝手に感じて。この場所を誰にも取られたくないと、そんなことを思っていた。
「なんか言ったか?」
「なんでもありません」
振り向きながら、聞いてくる時雨様。
まだ御影家に来て1日目だけど。
花嫁として頑張ろう。
そう思えた、1日の始まりだった。
***
「花嫁様!ここは私がやりますよ!」



