とうとう祝言から半年が過ぎた。
相変わらず直義からの接触はない。
一つだけ変化があったとすれば小夜だ。
ここ最近は特に、以前に比べて明らかに身なりが良くなっている。
着物、ブローチ、香油に簪。
どれもこれも一等品で、噂では直義からの贈答品だという。
(これはいよいよか)
ここまであからさまに美弥子と小夜の待遇が違うとならば、離縁は時間の問題だろう。
九鬼家よりも格下とはいえ、曲がりなりにも美弥子の実家である佐伯家は男爵家。ここまで美弥子が酷い待遇をされていたとなればきっと出戻りも許してくれるだろうし、新しい嫁ぎ先も探してくれるだろうと美弥子は心の中で打算する。
「大丈夫。もう覚悟はできてる」
ずっと気丈に振る舞ってきた。
例え蔑ろにされても、自分は直義の妻なのだと自分に言い聞かせて常に自分の折れそうな心を奮い立たせてきた。
時折り、誰もいないときを見計らって枕を濡らすこともあったが、それでも嫁いできたからにはと役割を果たそうとしてきた。
けれどもう限界だ。
やるべきことは全てやった。
自分にはもうこれ以上どうすることもできない。
未練がないと言えば嘘になるが、もし今すぐ直義から離縁を言われても受け入れる準備はできている。
「美弥子様」
「あら、侍従長がここに来るなんて珍しい」
小夜を寄越してからというもの、めっきり姿を見せなくなっていた侍従長。
そんな彼がわざわざ美弥子のところへ来るなんてかなり珍しいことだった。
「奥様にお話があってきました」
「何かしら?」
「こちらを……」
差し出されたのは離縁状。
美弥子はそれを見たあと侍従長に視線を送るも、侍従長は黙ったままだった。
「どういうこと?」
「旦那様から奥様へとお渡しするよう言付かって参りました」
「旦那様から……そう……」
視線を再び離縁状へと落とす。
そこには離縁状と書かれ、離縁の理由や再婚の許可などの文面が綴られていた。
なんとも呆気ない終わりだったなと思いつつ美弥子が受け取ろうとしたそのとき、何やら外が騒がしいことに気づく。
もう少し感傷に浸りたかったが、突然の尋常でない騒ぎに、一体何事かと美弥子は眉を顰めた。
「随分と外が騒がしいようだけど、何かしら?」
「確認して参ります」
侍従長が慌てて部屋を出ようとすると同時に、何者かが勢いよく部屋の中に入ってくる。
そのあまりの勢いに美弥子が何事かと困惑しながら入ってきた人物を見ると、そこにいたのは半年以上顔を合わせていなかった夫である直義だった。
「直義様!?」
予期せぬ久々の再会に、思わずはしたなく大声を出すも、そんなこと気にもしていない様子の険しい表情で直義に詰め寄られる美弥子。
そんな状況に訳がわからず戸惑っていると、「いよいよ我慢の限界だと会いに来たら、元気そうじゃないか。それなのに、今の今までなぜ手紙の一つも寄越さない!?」と直義から詰問されて、美弥子は目を白黒させた。
「手紙……? 手紙とは、何のことでしょうか? 直義様からのお手紙など一度ももらっておりませんが」
「なっ、何を言っている? 毎日毎日、美弥子の体調を慮って渡してもらったはずだ。では、着物は? 花は? 装飾品は?」
「申し訳ありません。おっしゃる意味がわかりません。私はこうして元気にしておりますし、体調を慮られる理由がございません。そもそも、私もお手紙や贈答品をお贈り致しましたが、直義様の元まで届いておられぬのでしょうか?」
「美弥子さんからの贈答品だと? 俺は何ももらっていないぞ。……熊谷、これはどういうことだ」
直義が唸るように侍従長の名を呼ぶ。
侍従長は直義からの睨みに、身体をガタガタと震わせていた。
「俺は美弥子さんに渡せと確かに言ったよな?」
凄む直義の迫力に、顔を真っ青にさせる侍従長。
「ということはつまり、俺を謀っていたということか? 貴様も!」
「ひっ!」
直義が振り返ると、扉の影からこちらを覗き込んでいたらしい小夜が悲鳴に似た声を上げる。
そのままツカツカと直義が小夜に近づくと、髪につけていた簪を思いっきり引き抜いた。
「この簪の話も嘘だったということか!?」
「それは……その……」
「美弥子さんが病床に伏してる自分の代わりにつけてくれと言っていたと言ってただろう!? 俺は間違いなくそう聞いたぞ!?」
「も、も、申し訳……ございません! 父が、そうしろと……私は悪くないんです! 全部父に言われて……私のせいではありませんっ」
小夜が顔をグチャグチャにしながら泣き崩れる。
まるで子供のように泣き喚き、普段の可愛らしい姿からは想像もできないほどみっともない姿だった。
「えっと、直義様。つかぬことをお聞きしますが……では、こちらの離縁状は直義様からのものではないということでしょうか?」
「離縁状だと!?」
おずおずと美弥子が進言すると、血相を変えて美弥子の手から離縁状をひったくる直義。
そのまま中身を改めると「何だこれは!」と怒髪天を衝く勢いで顔を真っ赤にさせ、そのまま侍従長に向き直ると、「貴様の仕業か!」と帯刀を掴み侍従長に斬りかかる。
しかし、美弥子が慌てて「おやめください!」と直義にしがみつき、すんでのところで直義が侍従長を斬りつけるのを防いだ。
「ダメです、直義様。いきなり斬りつけてしまっては直義様のお立場が悪くなってしまいます。とにかく、私もまだ状況が飲み込めておりませんが、まずは話を伺いましょう」
「っ、……そうだな。美弥子さんの言う通りだ。命拾いしたな、熊谷。誰でもいい、こいつをここから連れて行け。娘も一緒にだ」
直義はそう吐き捨てると、抜いた帯刀を鞘に納める。
侍従長は直義の気迫に恐れ慄いたのか、既に心ここにあらずといった様子で他の使用人に引きずられていき、小夜もまた腕を掴まれ引っ捕えるように本館へと連れて行かれるのだった。
相変わらず直義からの接触はない。
一つだけ変化があったとすれば小夜だ。
ここ最近は特に、以前に比べて明らかに身なりが良くなっている。
着物、ブローチ、香油に簪。
どれもこれも一等品で、噂では直義からの贈答品だという。
(これはいよいよか)
ここまであからさまに美弥子と小夜の待遇が違うとならば、離縁は時間の問題だろう。
九鬼家よりも格下とはいえ、曲がりなりにも美弥子の実家である佐伯家は男爵家。ここまで美弥子が酷い待遇をされていたとなればきっと出戻りも許してくれるだろうし、新しい嫁ぎ先も探してくれるだろうと美弥子は心の中で打算する。
「大丈夫。もう覚悟はできてる」
ずっと気丈に振る舞ってきた。
例え蔑ろにされても、自分は直義の妻なのだと自分に言い聞かせて常に自分の折れそうな心を奮い立たせてきた。
時折り、誰もいないときを見計らって枕を濡らすこともあったが、それでも嫁いできたからにはと役割を果たそうとしてきた。
けれどもう限界だ。
やるべきことは全てやった。
自分にはもうこれ以上どうすることもできない。
未練がないと言えば嘘になるが、もし今すぐ直義から離縁を言われても受け入れる準備はできている。
「美弥子様」
「あら、侍従長がここに来るなんて珍しい」
小夜を寄越してからというもの、めっきり姿を見せなくなっていた侍従長。
そんな彼がわざわざ美弥子のところへ来るなんてかなり珍しいことだった。
「奥様にお話があってきました」
「何かしら?」
「こちらを……」
差し出されたのは離縁状。
美弥子はそれを見たあと侍従長に視線を送るも、侍従長は黙ったままだった。
「どういうこと?」
「旦那様から奥様へとお渡しするよう言付かって参りました」
「旦那様から……そう……」
視線を再び離縁状へと落とす。
そこには離縁状と書かれ、離縁の理由や再婚の許可などの文面が綴られていた。
なんとも呆気ない終わりだったなと思いつつ美弥子が受け取ろうとしたそのとき、何やら外が騒がしいことに気づく。
もう少し感傷に浸りたかったが、突然の尋常でない騒ぎに、一体何事かと美弥子は眉を顰めた。
「随分と外が騒がしいようだけど、何かしら?」
「確認して参ります」
侍従長が慌てて部屋を出ようとすると同時に、何者かが勢いよく部屋の中に入ってくる。
そのあまりの勢いに美弥子が何事かと困惑しながら入ってきた人物を見ると、そこにいたのは半年以上顔を合わせていなかった夫である直義だった。
「直義様!?」
予期せぬ久々の再会に、思わずはしたなく大声を出すも、そんなこと気にもしていない様子の険しい表情で直義に詰め寄られる美弥子。
そんな状況に訳がわからず戸惑っていると、「いよいよ我慢の限界だと会いに来たら、元気そうじゃないか。それなのに、今の今までなぜ手紙の一つも寄越さない!?」と直義から詰問されて、美弥子は目を白黒させた。
「手紙……? 手紙とは、何のことでしょうか? 直義様からのお手紙など一度ももらっておりませんが」
「なっ、何を言っている? 毎日毎日、美弥子の体調を慮って渡してもらったはずだ。では、着物は? 花は? 装飾品は?」
「申し訳ありません。おっしゃる意味がわかりません。私はこうして元気にしておりますし、体調を慮られる理由がございません。そもそも、私もお手紙や贈答品をお贈り致しましたが、直義様の元まで届いておられぬのでしょうか?」
「美弥子さんからの贈答品だと? 俺は何ももらっていないぞ。……熊谷、これはどういうことだ」
直義が唸るように侍従長の名を呼ぶ。
侍従長は直義からの睨みに、身体をガタガタと震わせていた。
「俺は美弥子さんに渡せと確かに言ったよな?」
凄む直義の迫力に、顔を真っ青にさせる侍従長。
「ということはつまり、俺を謀っていたということか? 貴様も!」
「ひっ!」
直義が振り返ると、扉の影からこちらを覗き込んでいたらしい小夜が悲鳴に似た声を上げる。
そのままツカツカと直義が小夜に近づくと、髪につけていた簪を思いっきり引き抜いた。
「この簪の話も嘘だったということか!?」
「それは……その……」
「美弥子さんが病床に伏してる自分の代わりにつけてくれと言っていたと言ってただろう!? 俺は間違いなくそう聞いたぞ!?」
「も、も、申し訳……ございません! 父が、そうしろと……私は悪くないんです! 全部父に言われて……私のせいではありませんっ」
小夜が顔をグチャグチャにしながら泣き崩れる。
まるで子供のように泣き喚き、普段の可愛らしい姿からは想像もできないほどみっともない姿だった。
「えっと、直義様。つかぬことをお聞きしますが……では、こちらの離縁状は直義様からのものではないということでしょうか?」
「離縁状だと!?」
おずおずと美弥子が進言すると、血相を変えて美弥子の手から離縁状をひったくる直義。
そのまま中身を改めると「何だこれは!」と怒髪天を衝く勢いで顔を真っ赤にさせ、そのまま侍従長に向き直ると、「貴様の仕業か!」と帯刀を掴み侍従長に斬りかかる。
しかし、美弥子が慌てて「おやめください!」と直義にしがみつき、すんでのところで直義が侍従長を斬りつけるのを防いだ。
「ダメです、直義様。いきなり斬りつけてしまっては直義様のお立場が悪くなってしまいます。とにかく、私もまだ状況が飲み込めておりませんが、まずは話を伺いましょう」
「っ、……そうだな。美弥子さんの言う通りだ。命拾いしたな、熊谷。誰でもいい、こいつをここから連れて行け。娘も一緒にだ」
直義はそう吐き捨てると、抜いた帯刀を鞘に納める。
侍従長は直義の気迫に恐れ慄いたのか、既に心ここにあらずといった様子で他の使用人に引きずられていき、小夜もまた腕を掴まれ引っ捕えるように本館へと連れて行かれるのだった。



