花もはじらう初恋を

 

 時折見る悪夢は、いつも蝉の鳴き声で始まる。

 真っ青な夏空にジリジリと焼け付くようなバッターボックス。こめかみから滲む汗を拳で拭って、俺は力を込めて白球を握りしめた。

 9回裏。3対2。ツーアウト、走者満塁のクライマックス。

 ここを逃げ切れば、と俺を含むチームメイト全員がそう思っていた。プレッシャーと期待を一身に浴びながら、それでも応えられるはずだと、この時の俺には自信があった。

 去年の俺のそんな姿を、今の俺がただ見ている。これは夢だ。夢だからどうすることもできない。部活を辞めてから繰り返し見る悪夢を、俺は見続けることしかできないのだ。変えることも止めることもできない結末を。

「ボール!」

 審判の声が響き渡る。焦りがじんわりとした恐怖に変わっていく。その焦りのせいだろうか。古傷を抱えていた右肘に鋭い痛みが走った。どうして、今、ここで。痛みを自覚した途端、コントロールがますます不安定になっていく。

「大丈夫だ」

 キャッチャーミットごしに、あの静かな日向の視線とぶつかる。

「俺たちは大丈夫だから、葉月」

 チームメイトの信頼を裏切ることは、自分一人が壊れるよりも怖かった。焦燥と恐怖に駆られて、乱れたフォームで闇雲に投げ続けていく。

 大丈夫だ、まだ、大丈夫だ、俺は。
 
 ――本当に?悪魔のような囁きがするりと心に忍び寄った。
 
 その時、強張っていた右肘に、プツンと切れるような感触が走った。

 ボールがストンと力なく落ちていく。

 悪夢から覚めるその直前まで、身も心も苛むように、蝉の悲鳴が頭の中で反響し続けていた。