花もはじらう初恋を

 
 
 冬休みも明け、再び普段通りの学校生活が始まった。相変わらず身も凍えるような寒さが続いていたが、時折、春めいた暖かな空気が混じっていた。
 
 あと2ヶ月もすれば3年生だ。俺は暗澹たる気持ちを感じながら、配られた模試の結果を眺めていた。頭はそんなに悪い方じゃない……はずだ。だが、少し身をいれて勉強した方がいいかもしれない。別にこれといって夢や目標ができたわけではないが……いや、ある意味、これも目標か?

(同じ大学目指してるなんて、言えねぇな、これじゃ……)

「はっずきー!ほい、コレやるよ!」

 俺の感傷を打ち消すように、杉田が俺の背中にじゃれて乗っかかてきた。赤い箱に入った、棒状のビスケットにチョコレートがかかった菓子だ。いつも購買のパンやら菓子やらを交換したりするので「あぁ、ありがとな」といい加減に礼を言って受け取ると、杉田が更に体重をかけながら「おいおい!」とつっこんできた。

「それだけ?!今日なんのか日か知ってんの?せっかく用意したのに!」

「何って……」

 ヒントを探すように教室を見渡した。紙袋を抱えて、可愛らしくラッピングしたお菓子を交換し合っている女子たちが見えた。それを見れば野球漬けの人生でもさすがに分かった。とすると、杉田からもらったチョコレート菓子を、なんだか安易に受け取ってはいけない気がしてきた。俺は先程の箱をすっと杉田に突き返した。

「返す。一人で食ってろ」

「冷たすぎないか!?」

「なんか見返りが怖いからな」

「これは純粋に感謝の気持ちだからな!普段、葉月と香住には世話になってるからさぁ……また試験前頼むよー!」

 赤点常連の杉田が菓子の箱を俺の頬にグイグイと押しつけてくる。

 杉田の口から「香住」の名前が出て、俺はその姿を探した。

「香住くん、これ皆に配ってるから食べてね」

「友チョコ作ったんだけど、どうぞ、香住くん」

「あ、ありがとう……」

 文字通り、女子たちに包囲されて香住が困ったような顔をしている。紙袋も誰かから貰ったのだろう。不自然なくらいに「義理」をやたらと強調しながら、女子たちがチョコやらマドレーヌやらを香住の持つその袋に投げ込んでいく。クラスメイトだけではない。廊下から菓子の箱を持った後輩らしき女子生徒たちまでも、ちらちらと香住を見ている。大きな紙袋なのに菓子の箱が今にも溢れそうだ。好評だった執事喫茶の効果もあるのだろうが、すごい人気だ。

「野球部の日向、いるじゃん。アイツもさっき、香住ぐらい貰ってたぜ」

「日向も昔からモテるからな」

「にしても、香住はすげぇな。俺にも1個分けてくんねぇかな」

「杉田、お前はそれでいいのか」

 チョコに埋もれるぐらいの勢いの香住を、杉田と2人で遠巻きに見ていると後ろから「葉月くーん!」と明るい声が俺を呼んだ。明るい髪色のロングヘアーを揺らして、教室のドアから白川サキが手招きしていた。ニコニコと太陽みたいに笑いながら、大きな紙袋を持っている。お祭りが好きな白川も、きっと学校中チョコを配っているのだろう。白川の元に向かう俺の背中に「裏切り者ー!」という杉田の罵声が飛んでくる。

「よっ!葉月くん、久しぶり」

「悪かったな、後夜祭」

「もー!いいっていいって!前も謝ってくれたじゃん!」

 バンド演奏を見に行けなかったことを詫びると、人懐こっい笑顔で白川が手をブンブンと横に振った。それから「葉月くんはもう既に貰ってると思いますが……」なんて勿体ぶった言い方をしながら、ピンク色の小さな箱を取り出した。花柄の箱の右上に白いリボンがついて可愛らしい。

「はい、どーぞ!」

 ジャーン!という効果音がつきそうな手振りで、白川が俺の目の前に差し出した。

「一応、これは本命のつもり」

 明るい口調で、あっけらかんと白川は言った。でも箱を持つ手が小さく震えている。強張った笑顔で俺の返事を待っていた。

 振り注ぐ太陽みたいで、白川と一緒にいると楽しい。悲しみも苦しみもきっと吹き飛ばしてくれる。
 短く息を吸って、俺は静かに答えた。

「……悪いんだけど、それなら受け取れない」

 白川は少し驚いた顔をしたが、すぐに明るく笑った。

「そっか、そっか。予想通りっちゃ予想通りだねー。じゃあこっちあげる」

 そう言って、紙袋から駄菓子みたいなチョコを一つ取り出して、ぽんと俺の掌に乗せた。

「義理でいいから受け取って。葉月くんはさ、野球やってた時も掃除手伝ってくれた時も、ぜーんぶカッコよかったよ!」

 白川は口早に告げた。誰かに思いを告げるのがどれだけ勇気がいるのか。今なら痛いほど白川の気持ちがわかった。だけどやっぱり、白川の気持ちに応えることは俺には出来ない。

「ありがとな、白川」

 俺の表情から何かを察したのか、ニカッと笑って「じゃ、またね!」と白川は手をあげた。俺もチョコを受け取った手をあげて「またな」と笑った。
 ダッシュで去っていく白川の背中を見送りながら、俺は小さく息をついた。

 振り返ると、ようやく女子たちから解放された香住が、窓辺の席についていた。きっと香住は見ていたはずだ。俺が誰を選んだのかを。

 俺が近づくと、香住は俯いた。机の上に置かれた小さな包みが、視界に入る。
 シンプルなネイビーの箱に、細い茶色いリボンが巻かれている。

「……ん?」

 俯いている香住の耳が赤い。ほっそりとした指先でその箱を半分隠すようにしながら、おずおずと俺の方へ差し出した。

「……一応、用意してたから」

 いつも穏やかなハスキーボイスが、今日は少し上ずっている。教室の喧騒の中、俺にだけはその声が聞こえた。