一週間後に行われる学園祭の準備はいよいよ慌ただしく、大詰めに入っていた。
クラスの催し物である「執事喫茶」も形になり始めている。美術部がベニヤ板に洋館風の壁を描き、机に瀟洒なテーブルクロスをかけると、全体的にサマになってきた。客に振る舞う紅茶や手作りのマフィンの味も決まり、あとは最終調整をするばかりだ。放課後遅くまで接点のなかったクラスメイトたちと雑談しながら作業するのは、話し下手の俺でも楽しかった。
「なんか青春、って感じだなァー、葉月!」
杉田が教室を見渡しながら言った。「青春」なんてこそばゆい言葉だが、俺もそれに頷いた。来年はクラスが替わり、大学受験を経て、それぞれの人生を歩みだしていく。今だけの短くて青い風景に自分たちはいるのだ。
そんなことをしみじみと思っていると、教室の隅から黄色い歓声が聞こえた。黒いカーテンで覆われた臨時のスタッフルームから、衣装部担当の女子生徒が数人、ふらつきながら出てきた。
「香住くん、出来ました……みんな、見て……」
香住が黒いカーテンの向こうから出てきた瞬間、教室の空気が一瞬で変わり、俺も思わず息をのんだ。
黒の燕尾服は、フリマで買ったらしい少し古びた生地だが、まるでオーダーメイドみたいに決まっていた。
肩から袖にかけてのラインが細く滑らかで、胸元の白いシャツが清潔感を際立たせている。
首元で小さく結ばれた蝶ネクタイは深緑色のサテンで、艶やかに輝いている。ウエストをきゅっと絞ったデザインだから、細い腰が強調されて、普段の制服姿よりずっと華奢に見えた。
髪は額を見せるように後ろに流れ、前髪が眼鏡の上から柔らかく落ちていて、いつもより大人っぽい。
普段からかけているノンフレームの眼鏡も相まって、まるで古い洋館の主人みたいな、儚げで気品のある雰囲気が出ていた。
男の俺ですら見惚れてしまうのだ。女子たちが黙ってるはずがなかった。
「香住くん、すごくいいよ!!」
「香住くん最高!!」
「写真とろう写真!!」
という歓声があちこちから上がった。
「えっ、う、うん……」
女子に囲まれながら、香住はちらりと助けを求めるような目で俺を見た。俺は香住にだけ分かるようにぐっと親指をたてて、
「すごく、いいぞ。似合ってる」
と言った。香住は俺の言葉に微笑み、更になにか言葉を続けようとした。
しかし、
「じゃ、次の執事役、服の調整しまーす。葉月と杉田ー、入ってー!」
メジャーを持った衣装部のアナウンスを前に、香住の言葉はかき消されてしまった。
「なんか俺たちにはおざなりじゃねぇか!?なぁ、葉月!」
「ほら行くぞ。まだまだやることあるんだから」
不満を口にする杉田の背を押しながら、俺はスタッフルームに移動していった。香住の横を通り過ぎる時、女子の輪の中にいる香住の寂しげな視線とぶつかった。何かいいたいことがあるのか、と問いかけようとしたが、すぐに香住は俺から顔をすっと背けた。些細な違和感が胸に生まれ、香住を目で追おうとすると、俺の視界を遮るように、クラスメイトの手でカーテンがサッと閉じられてしまった。

