緑化委員会の活動をしていると、普段は意識しない季節の変化を感じることができる。夏の名残を感じさせる風のなか、楓やモミジと言った木々も秋色に色づき始めていた。そんな風に季節が移り変わっていく中で、学園祭の準備に勤しむジャージ姿の生徒たちがあちこちに見られた。校門に取り付ける学園祭の立て看板を作ったり、段ボールをいくつも運ぶ生徒たちを横目に、秋の緑化委員会の活動が始まった。
「今日の作業は校庭の大イチョウの清掃と花壇の植え替えです。それぞれ持ち場に移動してくださーい」
委員長がよく通る声で号令をかける。俺と香住は春同様、花壇づくり担当だ。春から夏にかけて楽しませてくれた花々を片付けて、秋の花々を植え替えるのだ。
顧問が運転するトラックの荷台に、ピンクや白の華やかな花の苗が乗っていた。4枚ほどの花弁がキュッとしまる形で固まり、フリルのような可憐な造形をしている。ハートの形のような濃い緑色の葉にくっきりと白い葉脈が浮かび上がっていた。隣の香住に視線を向けると「これはね、ガーデンシクラメンって言うんだよ」と香住が教えてくれる。
「耐寒性に優れているから冬でも楽しめるんだ。それから、こっちはシロタエギク」
香住が別の苗を持ち上げた。枝分かれした、先端が丸みを帯びた葉がいくつも付いている。特徴的なのはその色だ。霜が覆うようなその葉は「シロ」というよりは銀色に近い。
「触ると、ほら。うっすら毛が生えてて気持ちいいんだよ」
香住の言う通り、スウェードのようにふわふわした繊毛がその銀色の葉を覆っている。カラフルなガーデンシクラメンと真っ白なシロタエギクの組み合わせは、お互いの良さを高め合うような、落ち着いた華やかさがあった。
「いい組み合わせだな、この2つ」
「実は僕がリクエストしたんだ。配色もいいし、2つとも寒さに強くて長く楽しめるからね」
「へぇ。すごいな、香住は」
感心すると香住が「えへへ」と照れて眼鏡をかけ直した。弱い秋の日差しでも享受できるように、葉が重ならないよう間隔をあけながら苗を植えていく。
「この花にも花言葉とか、そういうのあるのか」
花を植えながら、きまぐれで、クイズめいた雑談を香住にふってみる。香住は指でそれぞれの花たちを指しながら、
「ガーデンシクラメンは『内気』『遠慮』とかだったかな。シロタエギクは『あなたを支える』だね」
とすらすらと即答した。図鑑を暗唱するかのようにあまりにも完璧に答えるので、俺は目を丸くした。香住がそんな俺に笑いながら、続けた。
「ほら、シクラメンってうつむいて咲いてるように見えるでしょ。控えめな印象からついた花言葉なんだ。
シロタエギクは、夏には黄色い小さな花を咲かせるけど、やっぱり、この白い葉が魅力的だよね。花壇の引き立て役として重宝されるよ」
「本当に詳しいな、香住は」
素直に感心していると、香住がぐっと距離を近づけた。俺の耳元に唇を寄せて、秘密めいた口調で囁いた。
「葉月くんに聞かれると思って、事前に調べたんだよ」
「っ……!!香住……っ、おい……!」
香住の吐息が耳にかかった。シロタエギクの繊毛のようなくすぐったさが体を走る。反射的に耳を手で覆うと、香住がいたずらが成功した子どものように笑っている。
「葉月くんってもしかして耳、弱いの?」
「香住、お前な……」
仕返ししようと香住を捕まえようとした時、香住の背中越しにジャージ姿の女子たちが重そうな袋を引きずっていく姿が見えた。袋の中にはたくさんのイチョウの葉が入っていた。同じ緑化委員会の、大イチョウ掃除担当の生徒たちだった。
校庭に三本ほど生えている大イチョウは毎年たくさんの黄色い葉を落とす。目を奪われるような美しさだが、イチョウの葉は油分が少ないため滑りやすく、なおかつ腐らないので土に還らない。すべて香住から聞いた知識だが、定期的な掃除が必要で、可燃ごみとして燃やす必要があるのだ。
あの量を運ぶのは大変だろう。それに袋が破れたら大惨事だ。
「香住、ちょっと待ってて」
香住に一声かけて、重い重いと文句を言いながらゴミ袋を引きずる彼女たちのほうへ、俺は駆けていった。
「持つから貸せよ」
俺の登場に、女子たちが「え」と戸惑う声を上げた。立ちふさがる壁に圧倒されている彼女たちを尻目に、俺は4袋ほどひょいと担いだ。
「まだあるのか」
「う、ううん。もう掃除も終わってこれで全部」
「そっか。じゃあ俺が持って行く」
「あ、待って。私も手伝う!」
焼却炉に向かおうとすると、長い髪の女子生徒が一人、慌てて俺のあとを付いてきた。リスのような目で、でかい図体の俺を物珍しそうに見上げている。
ずっと見られているのも居心地が悪くて、俺はゴホンと咳払いをした。無言でいるのも変な感じなので、当たり障りの無い話を振ってみた。
「掃除、大変だっただろ。すごい量だもんな」
「葉月くんはその量をぜんぶ持ってるからもっとすごいよ」
「……ん?」
とっさに俺の表情に出たのだろう。彼女は慌てた口調で続けた。
「あ、名前知っててビックリしたよね!?ごめん!私、去年野球部の応援にも行ってたからさ……でも、そうじゃなくても、葉月くん、けっこう有名なんだよ。知らなかった?」
「いや、全然」
思い当たる節はなかった。俺の薄いリアクションとは正反対に、口を挟む隙間がないほど話題をふってくる。
「私、隣のクラスの白川サキ。葉月くんたちはクラス出店なにするの?ウチはダーツとフォトスポットなんだけど」
「執事喫茶。なにやるかはよく分かんないけど」
「執事喫茶?!えっ、葉月くん、執事になるの!?ヤバいね」
それは似合わないって意味だろうか。でも白川はケラケラと笑ってる。初対面とは思えない明るさだが、不快な気持ちにはならない。
「葉月くんって休みの日はなにしてんの?」などと意味のわからない質問もされつつ、焼却炉に落ち葉の入った袋をぽんぽんと放り込んでいった。
「葉月くん、ありがとー!執事喫茶も絶対行くねー!」
香住がいる花壇に戻ろうとすると、白川が軽く俺の腕を叩いて、走っていった。スキップでもするんじゃないかってぐらい軽い足取りだ。その姿を見送って花壇に戻ると、すっかり花壇の植え替えが終わってしまっていた。
「香住、悪い。終わっちまったか」
「……」
「香住?」
問いかけに答えず、土で汚れたジャージをぱんぱんっと手で払いながら香住は立ち上がった。
唇をキュッと結んで、赤と白のコントラストが美しい秋の花壇を見つめている。
「――葉月くん、ってさ。誰にでも優しいんだね」
一見、褒めているようで、どこかトゲがある口調だった。苛立ちと悲しさをにじませた表情。こんな香住は初めて見た。言葉の意味を飲み込めないまま驚いていると、ハッと香住の表情が変わり、両手をぶんぶんと振り出した。
「ご、ごめん!なんか変なこと言っちゃった!わ、忘れて!」
勢いよく言うから、香住の眼鏡がすこしズレた。顔が赤い気がするが、怒っているわけではないらしい。よく分からないまま、「お、おぅ……」ととりあえず曖昧な返事を返した。
「はーい!じゃあ、皆さんお疲れ様でした。報告書提出者は職員室にお願いしまーす」
上級生の号令がかかった。オレンジからネイビーに変わるグラデーションの夕焼け空に、一番星が輝き始めいていた。首筋にひゅうっと夜風が当たり、俺は思わず身震いした。
「夕方になると冷え込むな」
「本当、すっかり秋だね」
俺が話しかけると、香住は普段と変わらない笑顔で答えた。
「葉月くん、このあと忙しい?学園祭で使う、文房具とか備品、買いに行きたいんだけど」
「あぁ、別に。大丈夫だ」
最寄りのホームセンターまで歩いて15分ほどだった。夕方の通りを歩くと、俺の影と香住の影も並んでついてくる。
「当日の接客だけでいいよって言われたけど、やっぱり買い出しぐらいするよ、って僕が申し出たんだ」
「香住は真面目だな。よし、次はなにが必要だ?」
ペンキやガムテープなどの細々とした備品を、広い店内を歩き回って、香住と探す。フロア看板を手掛かりに、棚から棚へと目当ての商品を探すのは何だかダンジョン探索みたいで楽しい。
「『モリモリさん』……」
「は?」
香住から渡された買い物リストを確認していると、突然、香住が奇妙な言葉を口にした。
何かを見つめて香住の目が少し輝いているのに気づいて、俺は視線の先を見た。子どもが退屈しないようにか、数台のクレーンゲームのコーナーがあった。
そのケースの中に、ふわふわした緑色の小さなぬいぐるみが何体も並んでいた。後ろには小さな羽もあって、妖精みたいなデザインだ。どれも頭に黄緑色の葉の飾りをつけているが、よく見ると、表情が微妙にそれぞれ違っている。
「モリモリさん……可愛い」
香住がガラスに額をくっつけるようにして見つめている。目が花壇や花束を見るのと同じぐらい、うっとりしている。
「好きなのか、これ」
「うん。可愛いでしょ。モリモリさんはガーデンシティに住む森の妖精でね。好きなことは日向ぼっこで、口癖は」
「そんなんいいから、どれが欲しいか言えよ」
「え!?葉月くん、とってくれるの?」
「部活帰りにたまにやってた。まぁ、取れるかは保証しねぇけど」
香住が指差したのは、一番奥にいる少し大きめのモリモリさんだった。他にも可愛いのがいるのに、香住が選んだモリモリさんは、三白眼で不機嫌そうな顔をしている。やっぱり、香住は変な奴だ。
俺は100円玉を入れ、アームを操作した。タイミングが合わず、何度か失敗したが、徐々に、ふてぶてしい顔のモリモリさんが押し出されてきた。
香住も横で「もう少し左……あ、惜しい!」と小さく声を上げる。三回目で、ようやくアームがモリモリさんをしっかり掴んだ。
「ほら。森の妖精、つかまえたぞ」
落ちてきたぬいぐるみをケースから取り出して、俺は香住に差し出す。それを両手で大事そうに受け取り、香住は微笑んだ。
「ありがとう、葉月くん。大切にするね」
たかが数百円で手に入れたぬいぐるみなのに、香住は感激しながらそいつを抱きしめている。
「変な顔してるけどそいつで良かったのか。なんかいかつい顔してるぞ」
「変じゃないよ。葉月くんが取ってくれた、この子が一番可愛い」
噛み締めるように言う香住の腕の中で、三白眼の、あまり人相のよくないモリモリさんと目が合う。こんなに喜んでもらえて、コイツは、いやモリモリさんも幸せ者だ。
ホームセンターを出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。モリモリさんの柔らかい毛に顔を埋めながら、香住はずっと幸せそうな顔で笑っている。
そろそろ駅に向かうか、と2人で歩き出すと、小さなカフェに通りかかった。空腹を覚え始めていたので、思わず足を止めると、立て看板にはこんな文字が書かれていた。
本日カップルデー♪ハートラテ描きます
お洒落な店内ではカップルが笑いながら、ケーキやコーヒーを楽しんでいるのが見える。
香住はこういう店が好きそうだ。というか似合う。カップを優雅に持って、花の話をする姿が簡単に想像できた。そして、その正面に座っているのは……と考えて、思わず苦笑した。俺みたいな男が、香住とこんなカフェにいたら奇異の目に晒されるに違いない。
「……男同士でこんなとこ入るの、変だろ」
思わず口に出すと、香住が隣でふっと息を吐いた。
「白川さんとならいいの?」
穏やかな口調だが、さっきまでの笑顔から一転して、表情に翳りがあった。
香住と一緒に食事をするのを想像していたのに、香住の口からは思わぬ名前が出てきた。しかも今日知り合ったばかりの女子生徒の名前だ。意味が全く分からなかった。
「なんでそこで白川の名前が出んだよ」
俺の声が思ったより大きくなった。周りの通行人がちらりとこちらを見る。慌てて口を閉じると、気まずい沈黙が落ちた。
香住は三白眼のモリモリさんを胸に抱いたまま、地面に視線を落としている。
「……ごめん。冗談。気にしないでいいから」
投げやりな言い方に、俺は何も返せない。気まずい沈黙の中、ただ荷物を握りしめたまま立っていた。
結局、口数も少ないまま、駅まで向かった。最後はいつものように「また明日」と別れたが、香住の笑顔がぎこちなく感じた。
家に帰ってからも、香住のさみしげな顔が頭から離れなかった。考えても答えは出なくて、盛大なため息とともに俺はベッドに倒れ込んだ。

