まだ残暑の空気が濃く残る教室で、黒板を叩くようなチョークの固い音が響いていた。正の字が下に書き加えられていくたびに女子の囁く声が増えていく。
「…………それでは多数決の結果、ウチのクラスは『執事喫茶』に決まりましたー!」
キャーッと最高潮の歓喜の声と共に、拍手が沸き起こった。
学園祭のクラスの出し物を決める会議で、「お化け屋敷」や「メイドカフェ」といった数ある候補から、ついに結論が出たのだ。大喜びな女子たちの声をかき分けるように、杉田が「質問質問!」と挙手をした。
「執事喫茶ってことは、男全員執事になるんですかー?」
「杉田は別に着なくていいよ。調理とか雑用とかも必要だし」
「香住くんが執事になってくれればウチらは問題ないからねー」
辛辣な反応に「なんだとー!」と言いながら杉田も楽しそうだ。ワイワイと浮足立っている教室の中、名前があがった当人だけがずっと困った顔をしている。綺麗な顔をしていて性格も温厚で……とくれば男女ともに人気があって当然なのに、香住自身にまったくその自覚がないのが可笑しかった。
「別にやるのはいいけど……執事って具体的になにやるの?葉月くん」
「俺もわからん」
植物以外は興味があまりない香住が俺に尋ねた。が、有益な返事は返せなかった。蝶ネクタイをつけたスーツ姿の老紳士が頭に浮かぶ。なにをするかは分からないが、ああいう格好をすればいいんだろうか。確かに香住は似合いそうだ。
「葉月もやったらいいんじゃない?執事」
俺と香住のやりとりを聞いて、前の席のクラスメイトが俺の方を振り返ってきた。俺が反応するよりも先に、
「あー!葉月も需要ありそう」
「結構モテるもんな、葉月も」
と無責任にはやし立てる声があがる。すらりとした体形で、品のいい顔立ちの香住なら分かるが、いかにも体育会系の、骨格のゴツい俺が執事……?と頭の中で疑問符が並ぶ。コイツら、似合わないのが分かっててからかってるな。
「へぇー、モテるんだ、葉月くん」
「んな訳ないだろ。香住まで変なこと言うなよ」
香住が意味深な顔で言うので、俺は睨みながら反論した。
香住は「ふうん」なんて幼い返事をしていたが、「あ!」と何かに気付いたのか、おずおずと挙手をした。
「準備期間は緑化委員会の活動もあって、ちゃんと参加できるか分からないんだけど……」
「大丈夫大丈夫。香住くんは当日スーツきてお客さんを適当にもてなしてくれればいいから!」
困り眉で申し出る香住に、執事喫茶を最初にリクエストした生徒が食い気味に答えた。教室のあちこちで、それぞれ雑談めいた打ち合わせが始まっている。
「スーツはフリマアプリで買って執事服に手直しすればいいよね」
「お店で何出すの?たこ焼きとか?」
「調理、大道具、当日の執事のシフト決めまーす!各班のリーダー来てくださーい」
ガヤガヤと賑わうクラスメイトたちを眺めていると、隣の席からちょんちょんと香住が肩を叩いてきた。
「出来たら葉月くんも一緒に執事やってくれる?葉月くんとなら心強いからさ……」
不安そうな顔の香住なんて、ちょっと新鮮だ。それに頼られて嫌な気分ではない。執事の仕事を理解する以前に、俺に似合うのかどうかさえ怪しいが、香住を励ましたくて「あぁ。一緒にやろうな」と快諾した。香住がホッとしたような顔で笑った。

