それから2週間経って、俺は野球場にいた。
真っ青な夏空の下、ダイヤモンドベースを観客席から見ている。
あの悪夢を再現したような風景だが、これは現実だ。グラウンドは熱気で揺らいでいて、土埃が舞うたびに懐かしい匂いがした。
スタンドは家族連れや応援する生徒たちで埋まり、応援団の太鼓の音が響いている。
俺はベンチの端っこに座って、キャッチャーミットを被った日向の背中をじっと見つめていた。白い帽子を目深に被ったピッチャーが鋭くストレートを投げ込むたび、日向のグラブにパーン!と小気味良い音が響き渡る。
日向たちは相手チームを抑え込み、やがて攻撃側にまわった。ここで点が入れば、試合がひっくりかえることになる。アルプススタンドの声援もますます熱が入った。
日向がゆっくりと打席に入ってきた。
ヘルメットを被り直して、バットを軽く振る姿は、俺とバッテリーを組んでいた頃と変わらない。
ずっと野球をやろうな、なんて約束は日向としたことはなかった。日向はクールな奴だったし、俺もそういうタイプじゃない。だけど無意識にずっとバッテリーを組むものだと思っていた。それがいつしか、野球を続けなければいけない、という呪いにも似た強迫観念に変わってしまっていた。
だから、心があんなに簡単に折れてしまったのだ。もう野球が楽しいと思えなくなっていたから。
グラウンドに一人立つピッチャーが、土煙の中、あの悪夢に囚われている俺自身に見えた。
情けなくて悔しくて、衝動的に俺は立ち上がった。フェンスに握りしめた拳を叩きつけて、叫んだ。
「日向!いけ!!」
バッターボックスに立つ日向の体がわずかに動いた気がした。
次の瞬間、バットの芯にボールが当たる乾いた音が響いた。白球が青空に吸い込まれていく。
俺は祈るように白球の行く末を目で追った。
もっと、もっと伸びていけ。もっと前へ、遠くへ。
外野の選手たちが届かぬ先まで、すうっとボールが跳んで行く。
ホームランだ。
スタンドがわあっと割れんばかりに沸いた。
歓声と拍手が波のように広がる中、俺はただ静かに立ち上がった。
日向がダイヤモンドを一周しながら、ちらりと観客席を見た。
俺と目が合った気がした。
日向の表情はホームランを打ったくせに、不機嫌そうな、ムスッとした顔をしていた。
そして、おもむろにグローブをはめた右手を、グッと上に掲げた。
――もうお前がいなくても大丈夫だって証明してやる。
日向がかつて俺に言った言葉が蘇った。カッコいいじゃないか。俺とは正反対だ。思わず笑ってしまう俺を一瞥し、ウィニングポーズを決める日向もニッと白い歯を覗かせた。そして拍手喝采の中、ホームベースで待つ仲間たちのほうへ帰っていく。
俺の夏が終わったのだと、ようやく思えた。寂しい気持ちはあったが、絡みつく鎖のような未練も消え、澄んだ水のように心が満たされていた。俺は椅子に深く座り込み、思いっきり深呼吸しながら目を閉じた。
目を閉じて思い出したのは、香住のことだった。きっと今頃、秩父にいるだろう。香住が大好きな庭にはどんな夏の花々が咲いているんだろう。そしてまた嬉しそうに夏の思い出を話してくれるはずだ。
そしたら俺は今日の日のことを香住に話したい。香住のおかげで、俺は勇気をもらえたんだ、なんて言ったらアイツはどんな顔をするだろう。
試合終了のサイレンが鳴り響くのを聞きながら、そんなことを考えていた。
遠くから聞こえる歓声と、風に混じるグラウンドの土の匂いが、いつまでも身体の奥底に残り続けるような気がした。

