太陽と狐は「 」をする

「ここが……」

「そう、狐の隠れ里や」



 わあ……と灯の口から漏れた空気が外気に冷やされ、白い煙となって目に映る。
 葵に導かれるようにして灯がやってきたのは今まで灯が見たこともないような森の奥深く。その中から獣道にも見えるような草藪をさらにかき分けてたどり着いたのが、目の前に広がる霧に包まれた小さな集落だった。



「この国に三つある狐の隠れ里の中で、白銀(シロガネ)の里と呼ばれる場所。そして、俺の生まれ故郷でもあるんや」



 狐の隠れ里。それは灯も授業で1度学んだことがある分野だった。黄金(コガネ)の里、紫紺(シコン)の里、そして白銀の里。どの里も場所は特定されていなかったのだが、そのうちの一つがまさかこんな山奥にあったとは。

 同時に隣では葵が里について軽く解説する。生まれ故郷だというところが関係しているのか、葵はどこか誇らしげに話していて、そんな彼の姿が何故だか灯には微笑ましく感じた。



「あっちに清流が流れてて、基本的に飲み水には困らへん。山の幸も豊富やから、里から出る奴も少ないで」



 灯は葵と少しの間共にしていて気がついたことがある。彼は美しく狡猾で、掴みどころない男だ。しかし実は時折焦ったり怒ったりなどと、年相応——灯は葵の年齢を知らないが、外見的に二十歳かそこらではないかと思っている——な姿を見せることもあるのだ。そして、それが彼の本質のように感じてとても微笑ましいのだ。

 ……さてこれは余談になるのだが、葵が感情を露骨に表に出さざるを得ないのは、他でもない灯がこれはなんだあれはなんだと落ち着きのない子供のように動き回ろうとしていたからであるのだが、なんとも可笑しなことに灯にはその自覚がないのである。



「……話聞いとる? アンタ、絶対なんか変なこと考えてるやろ」

「そ、そんなことないよ……あ、あの人」



 ぎくり、と体が震える。図星だ。
 訝しげな顔でこちらを覗いてくる葵から目を逸らして周りを眺めれば、一人の女性がこちらに歩いてきていることに気がつく。葵と同じ白銀の髪を腰まで伸ばしたその人物は、遠目から見てもとても美しいことがわかった。



「ん……? うわ、ちょっとこれ被っといて」

「えっ、いや何?!」



 急にボロい布を被せられる。布は大きく、頭まですっぽりと埋まってしまうほどだ。
 被っておけと言われたので頭を隠したまま隙間から葵を見つめていれば、いつのまにかあの女性が近くにいた。



「よっ! 久しぶりの里帰りかいな?」

「うるさいわ。相変わらずややこしい外見しやがって」

「お、男の人?」



 灯の口から思わず声が漏れ出る。だって目の前にいる人はとても綺麗な顔立ちをしている女性だというのに、その口から発せられる声色は男のものだったからだ。
 想像と違うものを見ると混乱するのが生き物というものである。



「んー? お嬢さんどないしたんよこんな山奥で……ハッ葵アンタまさか」

「ちょっと待ちいや浅葱! おい! ちょっまっちゃうねん話を聞け!」

「葵が女連れて帰ってきた! 赤飯炊かな! お袋さんに伝えとくで!!」

「阿保かー!! 待てい!」



 そんな会話を交わして逃げていく男性を葵は追いかけていく。




「え……いや、お二人ともー!!」



 一人取り残された灯はどうしたものかと少し迷ったが、どちらにせよ葵についていかなければ何もできないので、布を抑えて二人を追うことにしたのだった。