神子と狐は「 」をする

天泉之国(アマイズミノクニ)

 かつては高天原とも黄泉の国とも呼ばれた、人ならざる者達の国。
 この国は、多くの恩恵を太古の昔ある国——日ノ本へと与えた。

 日ノ本に住まう者なら、一度は寝物語などとして聞いたことがあるかもしれない。
 博識な者なら、古事記や日ノ本書紀などで目にしたこともあるだろう。

 ただ、それはあくまで神話あるいは物語であり、実在はしないだろうということは、すべての人間の共通認識であった。
 しかし、実在しないとされていたはずのその幻の国は、数年前に“開国”という形で、世に晒されることとなる。


 この国に住まうものは二つだけ。
 神、そして(アヤカシ)
 人は国外から旅行ができても、内部に住み着くことは決して認められていない。
 この国は、人が住むには満たされ過ぎているからだ。



 一般的に、この国で位が高いのは神であり、位の低いものは妖である。

 神は、万物の創造主。

 神にはそれぞれ宗派が存在する。
 基本的には一族毎に決められ、始祖である神に倣った力である神力とそれにより扱うことのできる神術を抱き、原初(ゲンショ)の神という偉大なる神々の名を襲名している、由緒正しき“高位存在”

 そして、あらゆる神の名を継ぐ数多の神の中でも最も優れているとされているのが、天照大御神の名前を引き継ぎ、国を統べ、守る事を役目とする天照(アマテラ)家である。


 では、妖とは一体何であるのか。

 妖は、悪行を行った人や神、また禁忌を犯し穢れてしまった者が、裁かれた故の姿であると言われている。


 穢れを嫌う神にとって、妖は正に穢れた存在。


 仮に、子孫がなんの罪を犯していないとしても、妖に生まれた時点で、もう既にそれは罪人なのだ。
 故に、妖怪は国の中でも“隠れ里”と呼ばれる集落に住み着いたり、正体を隠して国外に旅に出たりしている。

 妖にも力はある。
 妖力と言われるものであり、それにより扱うことができる力を妖術と、彼らは呼んでいる。

 妖にも妖術の強弱はあるが、基本的に種族ごとで住んでいる為、王という存在はいない。



 神と人、妖と人は、太古から関わり合い、助け合って生きていた。
 それに付随する伝説は、日ノ本に溢れかえっている。

 では、神と妖はどうだったのか。

 神は妖を毛嫌いし、妖は神を恨んでいる。
 双方の相性は、最悪と言っても過言ではない。

 二つが手を取り合い共に生きるだなんて、本当にありえない事だ。

 ……いや、ありえない事“だった”。