次の日の放課後。
新校舎のカフェで、詩歌は穏佳を待っていた。
今日は委員会があるから、少し遅くなるらしい。
(でも、悠梧は今日、旧校舎の理科準備室に行けって言っているから)
ここまで来たら、悠梧の指示を無視する気にはなれない。
詩歌には、最初からその気がない。
最初は戸惑っていた穏佳も、今は同じ気持ちのようだ。
(悠梧は教えてくれないけど、急がなきゃいけない理由があるのかも)
時間的な制約なのか、悠梧の気の焦りなのか。
どちらにしても、詩歌たちは悠梧の指示に従うしかない。
「絶対に一人では行くな」
穏佳の注意にも、詩歌は逆らう気がなかった。
昨日の大講堂で思い知った。
この七不思議は、詩歌一人で関わったら危険だと実感した。
(穏佳くんがいてくれないと僕は、越えてはいけない一線を越えそうになる)
自覚がないわけではない。
ただ、越えてはいけない境界がどこなのか、詩歌自身にはわからない。
だから穏佳に、隣にいてほしい。
(穏佳くんの温もりや匂いは、僕を現実に引き戻してくれるから)
何より、穏佳がいてくれると安心する。
詩歌は自分の手を見詰めた。
(また、触れたいな。もっと手を繋ぎたいな。ぎゅって、したいな)
どうして、こんな風に思うのだろう。
甘えているのだろうか。
胸の奥にじわりと滲む想いが何なのか、詩歌にはわからなかった。
「あ、詩歌だ」
名前を呼ばれて振り返ると、篠原結斗がいた。
「詩歌が図書室じゃない場所にいるなんて、珍しいね」
結斗が隣に座った。
同じ読書部の結斗は、寮の部屋で本を読むから実質の帰宅部だ。
とはいえ、同じ読書部だから仲が良い。
最近の結斗は、手芸部を掛け持ちしている。
廃部寸前の手芸部のお助け要因として入部したら、編み物にハマったらしい。
「カフェオレ、飲みたくなっちゃった」
詩歌はさりげなく悠梧の交換日記を鞄に仕舞った。
七不思議の本を、穏佳以外に見られるのは良くない気がした。
「ふぅん。あのさ、これ。京久野に渡してくれない?」
結斗が御守りを出した。
明倫神社と書いてある。
「なんで、御守り?」
恐る恐る聞いた。
穏佳が七不思議について、結斗に相談したんだろうか。
二人だけの秘密にすると言ったのは、穏佳なのに。
「預かったんだよ、手芸部の部長から」
「部長さんから? なんで?」
結斗の言葉が益々わからない。
結斗が考える顔をした。
「前にクラスで、たまたま七不思議の話になった時にさ、京久野が珍しく食いついてきて。手芸部部長の三倉佳奈先輩が詳しいから一緒に行くかって誘ったら、部室に行くまでではなかったみたいでさ」
結斗の話を聞いて、明倫神社にお参りに行こうと言われたのを思い出した。
あれは確か、怪異に詳しい知り合いがいる生徒の勧めだと話していた。
(それが、結斗だったんだ……意外かも。そういえば、結斗と穏佳くんて、同じクラスだ)
まさか共通の友人だったとは。
あの時の穏佳は結斗の話をしていなかった。
詩歌の胸が、ジリっとひりついた。
「でも……京久野がやけに必死だったから、佳奈先輩に軽く話してみたんだよ。そしたら、御守りだけでも持っているといいって、分けてくれたから。明倫神社は怨霊方面に強いんだって」
結斗が、御守りを取り出すと詩歌の前に置いた。
「わざわざ、買いに行ってくれたの?」
「いや、これは佳奈先輩のコレクションの一つ。御守り、たくさん持っているらしいよ」
「そう、なんだ」
とりあえず、三倉佳奈という先輩が怪異ガチ勢なのは伝わった。
「京久野に渡しておいて」
「わかった。預かるね」
「思い当たることがあるなら、自分で御参りするのが一番良いんだって。気になるなら参拝しろって、伝えておいて」
思い当たるどころか、絶賛とり憑かれ中だ。
しかも幽霊本人に、神社に参るのを止められている。
「うん、伝える……ありがとう。三倉先輩にも、お礼を伝えてね」
結斗に笑いかける。
その顔を結斗が覗きこんだ。
「詩歌、疲れてる?」
「え! な、なんで?」
驚いて、思わず仰け反った。
「いや、なんかさ。いつもの天真爛漫さが抜け落ちてるから。悩み事でもあるのかと思った」
ぐっと、詩歌は言葉に詰まった。
淡白で他人を気にしないような性格の結斗なのに、こういうところは鋭い。
「昨日、あんまり眠れなくて。寝不足かも」
無難な言い訳に逃げた。
「あんまりカフェイン、取らないほうがいいよ」
言いながら、結斗が立ち上がった。
「じゃ、俺は手芸部に行くね」
その手に握られているトートバックには、編み棒と毛糸が見える。
凝り性の結斗のガチハマり振りが垣間見えた。
「行ってらっしゃい。頑張って……」
「もし、何か困ったら手芸部においでよ。佳奈先輩が話、聞いてくれるから」
詩歌は少し驚いた。
淡白な結斗にしては、珍しくしつこい世話の焼き方だ。
(何で、こんなに穏佳くんのこと、気にするんだろう。僕とは元々仲が良いけど。穏佳くんとは、そうでもないはずなのに)
じりっと、胸の奥がさっきより強く焼けた。
「穏佳くんに……伝えておくね」
手を振って結斗を見送る。
結斗が去った後も、胸のジリジリが消えない。
(僕のほうが一年生の時から同じ部屋で、仲良しだもん。呼び名だって、最近は下の名前で呼んでるもん)
今は、二人だけの秘密もある。
きっと学校内で穏佳と一番仲がいいのは、詩歌だ。
そう言い聞かせなるが、胸はジリジリしたままだ。
詩歌はカフェオレを一気に飲み干した。
「詩歌、お待たせ」
カップを勢いよく傾けたタイミングで、穏佳が現れた。
びっくりして、思わずむせた。
「大丈夫か?」
穏佳が背中を摩ってくれた。
「大丈夫……早かったね」
「今日は定例の話し合いだけだから」
穏佳の目が、御守りに向いていた。
「それ……詩歌、神社に行ったのか?」
穏佳の目が不安を帯びる。
詩歌は、首をぶんぶんと横に振った。
「違うよ、あのね。たまたま結斗に会って、穏佳くんに渡してほしいって、置いていってくれたんだよ」
「篠原が? 俺が七不思議に食いついたの、覚えていたのか。しつこく聞きすぎたかな」
穏佳が結斗にしつこく食い下がる姿は、何となく想像できた。
だから、思わずらしくない世話を焼きたくなった結斗の気持ちも、わからないわけではない。
(でも、なんか……モヤってするんだもん)
結斗が嫌いなわけではないし、穏佳と仲良くなったら、嬉しいと思うはずなのに。
そう思えない自分の気持ちが、よくわからない。
わからないから、余計にモヤモヤする。
「手芸部の部長さん……三倉佳奈先輩が、御利益がある御守りを分けてくれたんだって。部長さんは怪異に詳しいから、困ったら相談においでって言ってくれたって」
「んー、三倉先輩の話は俺も聞いたけど……相談か。今更、必要か?」
やっぱり、穏佳の意見も詩歌と同じだ。
「今は、もしかしたら僕らのほうが七不思議に詳しいかもね」
怪異の正しい対処の仕方なんか、わからない。
けれど、七不思議や悠梧については、詩歌と穏佳のほうが間違いなく詳しい。
何せ七不思議を作った幽霊にとり憑かれているのだから。
「それに、僕ら以外が関わること、悠梧は嫌がる気がする」
詩歌は御守りを見詰めた。
七不思議を調べたり、神社に参拝を拒否した悠梧だ。
今になって詩歌と穏佳以外の介入を歓迎するとは思えない。
考え込んでいた穏佳が、詩歌に視線を戻した。
「詩歌、本を開いてみろ。この御守りがダメなら、悠梧が何か言うはずだ」
「あ、そっか。そうだよね」
詩歌は鞄から本を取り出した。
「何も書かれていないね」
本を開いても、新たな文字は浮かび上がらない。
「聞いてみるか」
自分のペンケースからペンを取り出して、穏佳が本に書き込んだ。
「御守りは、持っていないほうがいいか? 俺たち以外の介入はアリか?」
少し間があって、文字が浮かんだ。
『御守りは、穏佳が持っているなら、いいよ。僕は、詩歌と穏佳に見付けてほしい。他の人間は、いらない』
詩歌は穏佳と顔を見合わせた。
何か言いたげにした穏佳が、開きかけた口を閉じた。
「……じゃぁ、俺が持っている」
穏佳が御守りを胸ポケットに仕舞った。
ツキン、と詩歌の胸が痛んだ。
そんな自分を不思議に思う。
『今日は、旧校舎の理科準備室で、二人を待っているよ……絶対に、二人だけで来てね』
そう文字が浮かんだきり、本が沈黙した。
詩歌は本を鞄に仕舞うと、穏佳と共に旧校舎に向かった。
新校舎のカフェで、詩歌は穏佳を待っていた。
今日は委員会があるから、少し遅くなるらしい。
(でも、悠梧は今日、旧校舎の理科準備室に行けって言っているから)
ここまで来たら、悠梧の指示を無視する気にはなれない。
詩歌には、最初からその気がない。
最初は戸惑っていた穏佳も、今は同じ気持ちのようだ。
(悠梧は教えてくれないけど、急がなきゃいけない理由があるのかも)
時間的な制約なのか、悠梧の気の焦りなのか。
どちらにしても、詩歌たちは悠梧の指示に従うしかない。
「絶対に一人では行くな」
穏佳の注意にも、詩歌は逆らう気がなかった。
昨日の大講堂で思い知った。
この七不思議は、詩歌一人で関わったら危険だと実感した。
(穏佳くんがいてくれないと僕は、越えてはいけない一線を越えそうになる)
自覚がないわけではない。
ただ、越えてはいけない境界がどこなのか、詩歌自身にはわからない。
だから穏佳に、隣にいてほしい。
(穏佳くんの温もりや匂いは、僕を現実に引き戻してくれるから)
何より、穏佳がいてくれると安心する。
詩歌は自分の手を見詰めた。
(また、触れたいな。もっと手を繋ぎたいな。ぎゅって、したいな)
どうして、こんな風に思うのだろう。
甘えているのだろうか。
胸の奥にじわりと滲む想いが何なのか、詩歌にはわからなかった。
「あ、詩歌だ」
名前を呼ばれて振り返ると、篠原結斗がいた。
「詩歌が図書室じゃない場所にいるなんて、珍しいね」
結斗が隣に座った。
同じ読書部の結斗は、寮の部屋で本を読むから実質の帰宅部だ。
とはいえ、同じ読書部だから仲が良い。
最近の結斗は、手芸部を掛け持ちしている。
廃部寸前の手芸部のお助け要因として入部したら、編み物にハマったらしい。
「カフェオレ、飲みたくなっちゃった」
詩歌はさりげなく悠梧の交換日記を鞄に仕舞った。
七不思議の本を、穏佳以外に見られるのは良くない気がした。
「ふぅん。あのさ、これ。京久野に渡してくれない?」
結斗が御守りを出した。
明倫神社と書いてある。
「なんで、御守り?」
恐る恐る聞いた。
穏佳が七不思議について、結斗に相談したんだろうか。
二人だけの秘密にすると言ったのは、穏佳なのに。
「預かったんだよ、手芸部の部長から」
「部長さんから? なんで?」
結斗の言葉が益々わからない。
結斗が考える顔をした。
「前にクラスで、たまたま七不思議の話になった時にさ、京久野が珍しく食いついてきて。手芸部部長の三倉佳奈先輩が詳しいから一緒に行くかって誘ったら、部室に行くまでではなかったみたいでさ」
結斗の話を聞いて、明倫神社にお参りに行こうと言われたのを思い出した。
あれは確か、怪異に詳しい知り合いがいる生徒の勧めだと話していた。
(それが、結斗だったんだ……意外かも。そういえば、結斗と穏佳くんて、同じクラスだ)
まさか共通の友人だったとは。
あの時の穏佳は結斗の話をしていなかった。
詩歌の胸が、ジリっとひりついた。
「でも……京久野がやけに必死だったから、佳奈先輩に軽く話してみたんだよ。そしたら、御守りだけでも持っているといいって、分けてくれたから。明倫神社は怨霊方面に強いんだって」
結斗が、御守りを取り出すと詩歌の前に置いた。
「わざわざ、買いに行ってくれたの?」
「いや、これは佳奈先輩のコレクションの一つ。御守り、たくさん持っているらしいよ」
「そう、なんだ」
とりあえず、三倉佳奈という先輩が怪異ガチ勢なのは伝わった。
「京久野に渡しておいて」
「わかった。預かるね」
「思い当たることがあるなら、自分で御参りするのが一番良いんだって。気になるなら参拝しろって、伝えておいて」
思い当たるどころか、絶賛とり憑かれ中だ。
しかも幽霊本人に、神社に参るのを止められている。
「うん、伝える……ありがとう。三倉先輩にも、お礼を伝えてね」
結斗に笑いかける。
その顔を結斗が覗きこんだ。
「詩歌、疲れてる?」
「え! な、なんで?」
驚いて、思わず仰け反った。
「いや、なんかさ。いつもの天真爛漫さが抜け落ちてるから。悩み事でもあるのかと思った」
ぐっと、詩歌は言葉に詰まった。
淡白で他人を気にしないような性格の結斗なのに、こういうところは鋭い。
「昨日、あんまり眠れなくて。寝不足かも」
無難な言い訳に逃げた。
「あんまりカフェイン、取らないほうがいいよ」
言いながら、結斗が立ち上がった。
「じゃ、俺は手芸部に行くね」
その手に握られているトートバックには、編み棒と毛糸が見える。
凝り性の結斗のガチハマり振りが垣間見えた。
「行ってらっしゃい。頑張って……」
「もし、何か困ったら手芸部においでよ。佳奈先輩が話、聞いてくれるから」
詩歌は少し驚いた。
淡白な結斗にしては、珍しくしつこい世話の焼き方だ。
(何で、こんなに穏佳くんのこと、気にするんだろう。僕とは元々仲が良いけど。穏佳くんとは、そうでもないはずなのに)
じりっと、胸の奥がさっきより強く焼けた。
「穏佳くんに……伝えておくね」
手を振って結斗を見送る。
結斗が去った後も、胸のジリジリが消えない。
(僕のほうが一年生の時から同じ部屋で、仲良しだもん。呼び名だって、最近は下の名前で呼んでるもん)
今は、二人だけの秘密もある。
きっと学校内で穏佳と一番仲がいいのは、詩歌だ。
そう言い聞かせなるが、胸はジリジリしたままだ。
詩歌はカフェオレを一気に飲み干した。
「詩歌、お待たせ」
カップを勢いよく傾けたタイミングで、穏佳が現れた。
びっくりして、思わずむせた。
「大丈夫か?」
穏佳が背中を摩ってくれた。
「大丈夫……早かったね」
「今日は定例の話し合いだけだから」
穏佳の目が、御守りに向いていた。
「それ……詩歌、神社に行ったのか?」
穏佳の目が不安を帯びる。
詩歌は、首をぶんぶんと横に振った。
「違うよ、あのね。たまたま結斗に会って、穏佳くんに渡してほしいって、置いていってくれたんだよ」
「篠原が? 俺が七不思議に食いついたの、覚えていたのか。しつこく聞きすぎたかな」
穏佳が結斗にしつこく食い下がる姿は、何となく想像できた。
だから、思わずらしくない世話を焼きたくなった結斗の気持ちも、わからないわけではない。
(でも、なんか……モヤってするんだもん)
結斗が嫌いなわけではないし、穏佳と仲良くなったら、嬉しいと思うはずなのに。
そう思えない自分の気持ちが、よくわからない。
わからないから、余計にモヤモヤする。
「手芸部の部長さん……三倉佳奈先輩が、御利益がある御守りを分けてくれたんだって。部長さんは怪異に詳しいから、困ったら相談においでって言ってくれたって」
「んー、三倉先輩の話は俺も聞いたけど……相談か。今更、必要か?」
やっぱり、穏佳の意見も詩歌と同じだ。
「今は、もしかしたら僕らのほうが七不思議に詳しいかもね」
怪異の正しい対処の仕方なんか、わからない。
けれど、七不思議や悠梧については、詩歌と穏佳のほうが間違いなく詳しい。
何せ七不思議を作った幽霊にとり憑かれているのだから。
「それに、僕ら以外が関わること、悠梧は嫌がる気がする」
詩歌は御守りを見詰めた。
七不思議を調べたり、神社に参拝を拒否した悠梧だ。
今になって詩歌と穏佳以外の介入を歓迎するとは思えない。
考え込んでいた穏佳が、詩歌に視線を戻した。
「詩歌、本を開いてみろ。この御守りがダメなら、悠梧が何か言うはずだ」
「あ、そっか。そうだよね」
詩歌は鞄から本を取り出した。
「何も書かれていないね」
本を開いても、新たな文字は浮かび上がらない。
「聞いてみるか」
自分のペンケースからペンを取り出して、穏佳が本に書き込んだ。
「御守りは、持っていないほうがいいか? 俺たち以外の介入はアリか?」
少し間があって、文字が浮かんだ。
『御守りは、穏佳が持っているなら、いいよ。僕は、詩歌と穏佳に見付けてほしい。他の人間は、いらない』
詩歌は穏佳と顔を見合わせた。
何か言いたげにした穏佳が、開きかけた口を閉じた。
「……じゃぁ、俺が持っている」
穏佳が御守りを胸ポケットに仕舞った。
ツキン、と詩歌の胸が痛んだ。
そんな自分を不思議に思う。
『今日は、旧校舎の理科準備室で、二人を待っているよ……絶対に、二人だけで来てね』
そう文字が浮かんだきり、本が沈黙した。
詩歌は本を鞄に仕舞うと、穏佳と共に旧校舎に向かった。



