交換日記から始まる、僕らの恋と七不思議。

 寮の部屋に帰った詩歌と穏佳は、ネットで七不思議を調べることができなかった。
 交換日記の本に、新たな文字が浮かんでいたからだ。

『明倫学園七不思議二つ目、大講堂に伸びる巨大な影』

 ネットを調べる前に、念のためにと交換日記を開いた。
 本には、こう続いていた。

『調べる必要はない。僕が指示を出すから』

 ぞくりと、背筋に寒気が走った。

「七不思議を調べるなって、警告か」

 穏佳が、ぞっとしない声を出す。

「交換日記に書き込んだわけじゃないのに」

 詩歌と穏佳は同時に息を飲んだ。

(僕たち、ずっと観られているんだ)

 交換日記に直接言葉を書かなくても、悠梧は詩歌と穏佳の行動も言動も、総て把握している。
 そこはかとない怖さを感じた。

(今まで、不思議なことはいっぱい起きたけど、怖いとまでは思わなかったのに……)

 穏佳が詩歌の手を握った。
 温もりが触れて、指先が震えていたと気付いた。

「また文字が浮かび上がったぞ」

 穏佳に促され、詩歌は頷いた。
 少しだけ離れていた距離を詰めて、ぴたりと穏佳にくっ付いた。
 ビクリと穏佳の肩が跳ねたけど、そのままくっ付いていてくれた。

『明日の放課後、旧校舎の大講堂に行って。学校が終わったら、どこにも寄らずに真っ直ぐに』

 詩歌と穏佳は息を飲んだ。

「明倫神社にも行くなってことか」

 明日の放課後は、二人で明倫神社を御参りしようと話していた。
 それも聞いていたのだろう。

(お参りしちゃうと、こんな風に話せなくなるのかな。だとしたら、困るのかも)

 それにしても、今日の悠梧は威圧的だ。
 その威圧が何を意味しているのか、詩歌は怖いながらに気になった。

(名前を取り戻したから? それとも……焦ってる?)

 悠梧が何に対して焦っているのか、詩歌は気になった。

「芽吹、続きが」

 穏佳が本を指した。
 ハラハラと花弁でも舞い散るように、本の中にたくさんの文字が浮かび上がった。

『明倫学園七不思議三つ目、理科準備室の泣き声 明後日の放課後に行って』
『明倫学園七不思議四つ目、屋上の踊り子 明々後日の放課後に行って』

 悠梧の指示が矢継ぎ早に続く。

「なんだか、昨日までと雰囲気が違ってないか?」

 顔を引き攣らせて、穏佳が零した。
 詩歌と同じ違和感を穏佳も感じだようだ。
 交換日記には、さらに文字が続く。

『明倫高校七不思議五つ目、図書室の増える蔵書……それがこの本、僕の日記。七不思議を作ったのは、僕だ』

 ぞわりと肌が粟立つ。
 詩歌の手を握る穏佳の手にも、力が入った。

「榊悠梧が七不思議の、創始者……?」

 穏佳が呟いた。
 ペンを持って、本に書き込んだ。

「どうして、七不思議なんか作ったんだ」

 穏佳の問いかけに、すぐに返事はこなかった。
 しばらく待っていたら、また文字が滲んだ。

『……忘れてほしく、なかったから』

 浮かび上がってきた文字に、詩歌は目を見開いた。
 詩歌は穏佳のペンをとって、書き込んだ。

「何を、忘れてほしくなかったの?」

 やはり返事は、すぐには来なかった。
 次の言葉を書き込もうとしたら、文字が浮いた。

『……思い出せないんだ。僕が忘れてしまったから』
『大事な記憶、忘れたくない、記憶。七不思議に総て、籠めたのに、どうして……』

 カタカタと、本が揺れた。
 バラバラとページが乱暴に捲れ上がる。

「わっ!」

 ページが捲れる風圧で気が開いていられない。

「芽吹、離れろ!」

 穏佳が詩歌の手を引いた。
 引かれた勢いに任せて、詩歌は穏佳の胸に倒れ込んだ。

 揺れていた本が、ピタリと止まる。
 捲れていたページも止まる。本が開いたまま制止した。
 詩歌は、そっと本を覗いた。
 そこに記された文字に、ぞっとした。

「ひっ……」

 詩歌は自分から穏佳に抱き付いた。

『忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで、忘れないで』

 見開きのページが総て、『忘れないで』の文字で埋め尽くされた。
 ページから悲鳴が聞こえるようだった。

 穏佳が詩歌の肩を庇うように抱き寄せた。
 そのまま交換日記に指を伸ばす。
 沈黙した本のページを、穏佳の指が恐る恐る捲った。

『明倫学園七不思議七つ目、七不思議を調べる者は、その者自身が次の七不思議になる』

 ぞくりと、全身が総毛立った。

「七つ目は、こんな話だったのか……?」

 怪訝に顔を歪めて、穏佳がペンを持った。

「芽吹を七不思議にするつもりなら、これ以上は調べない」

 穏佳が書いた言葉を見詰めて、詩歌の中に不安が湧き上がった。

「京久野君、調べないは、ダメだよ。僕は悠梧を見捨てたくない」
 
 それにきっと、今更やめるなんて、悠梧が認めない。
 止めたせいで被るかもしれない何かのほうが怖い。

 詩歌はペンを奪って、その文字を塗り潰して消そうとした。
 消すより早く、次の文字が浮かんだ。
 
『……忘れないで。詩歌も穏佳も、もう七不思議に触れた。間違えば、次は詩歌と穏佳が、七つ目の七不思議になる』

 詩歌の手からペンが、するりと落ちた。

(僕だけじゃない。京久野君も、もう当事者なんだ)

 それは穏佳も感じ取ったらしい。
 ごくりと息を飲み込む気配がした。

 詩歌は、忘れないでと書かれた場所を、指でなぞった。

(悠梧は僕らを巻き込みたいんだ。一人じゃ、どうしようもないから)

 文字のやり取りしかしていないのに、悠梧の必死さがありありと伝わる。
 怖さが、すっと引いて違う感情が擡げた。

「忘れないで、じゃなくて……見捨てないでって、言っているみたいだ」

 詩歌にはそう読めた。
 形振り構わず、詩歌と穏佳を繋ぎ止めようとしている。
 自分の中の、忘れてしまった大事な何かを取り戻すのに、必死なんだと思った。

 詩歌は、落としたペンを拾った。

「心配しないで。悠梧の欠片は全部、僕らで見つけるよ。だから……泣かないで」

 大量の言葉は全部、悠梧の心の涙のようだ。
 詩歌の胸が、チクリと痛かった。

『嘘に、騙されないで。僕を、拒まないで』

 インクが滲んで、文字が揺れた。

『七不思議を作ったのは、僕だ。僕以上の真実は、どこにもない』
『神社は嫌い。僕を弾く。詩歌や穏佳とこれ以上、話せなくなる』

 浮かんできた文字を見詰める。
 詩歌は穏佳と目を合わせた。
 穏佳の目が戸惑っている。詩歌は穏佳の手を握った。

「京久野君」
「わかってる。関わった以上、今更中途半端なやり方はしない」

 詩歌はペンをとった。

「七不思議は、調べない。神社にも、行かない。明日は大講堂に行くね」

 そう書いた詩歌を穏佳は咎めなかった。

『……明日、待っているよ、詩歌、穏佳』

 それきり、本は沈黙した。
 詩歌と穏佳は、同時に大きく息を吐いた。

「怖かった……」
「怖がるのが遅、い!」

 詩歌が抱き付く穏佳の体が、ビクンと大きく跳ねた。

「どうしたの? 京久野君も怖かった?」
「怖かったけど、それより……何で、抱き付いているんだ」

 穏佳が、所在なさげに手を持ち挙げている。
 中途半端に万歳しているみたいだ。

「だって、怖かったから。もうちょっと、ぎゅってしていて、いい?」

 穏佳の胸にぴたりと吸い付く。
 息を吸い込むような小さな悲鳴が聞こえた。

(京久野君、嫌かな。でも今は、触れていたいな)

 悠梧の悲しみや焦りが、詩歌の胸に棘のように刺さったままだ。
 不安定な心を、どこかに繋ぎ留めておきたかった。
 
「嫌だったら、ごめん。でも……京久野君の匂い、安心するから」

 万歳していた穏佳の手が、詩歌の背中を撫でた。

「嫌じゃない。そのままでいい。けど、少しだけだぞ」

 突っぱねるような言い方なのに、背中を撫でる手はとても優しい。

「うん、ごめん……じゃなくて、ありがとう」

 いつもより近いこの距離が、今日はやけに心地良かった。
 視界の端に映る交換日記から今だけは目を背けたくて、詩歌は穏佳の胸に顔を埋めた。
 さっきより穏佳の匂いを濃く感じる。
 心臓の音がやけに近く聞こえて、安心できた。