七不思議の解決から一週間ほどが過ぎた。
季節はすっかり梅雨に入って、雨の日が続いている。
今日は貴重な梅雨の晴れ間だ。
詩歌と穏佳は、学園の敷地内にある明倫神社に、御参りに来ていた。
「御参りって、どうするんだっけ」
「二礼二拍手一礼だ」
穏佳が、やって見せてくれた。
「ありがと。最初にお賽銭だね」
二人して五円玉を賽銭箱に投げ入れる。
二回、礼をして、二回、柏手を打つ。
詩歌は手を合わせて目を瞑った。
(僕と穏佳を守ってくれて、ありがとうございました)
結斗にもらった明倫神社の御守りは、気が付いたらボロボロに破れていた。
悠梧に連れ去られそうになった時、御守りも詩歌を守ってくれていたのだろう。
だから今日は、御礼参りだ。
(悠梧、水樹……)
二人の最期の姿を思い出す。
寄り添い合って消えていった二人は、幸せそうに見えた。
けれど詩歌は、あの時の悠梧の表情が気になっていた。
(悠梧は、ちゃんと笑えてなかった気がする)
あの時の悠梧の表情は、水樹ほどすっきりした表情には見えなかった。
それが詩歌の心に、少しだけ引っ掛かっていた。
(どうか二人が、あの世で幸せに暮らせていますように)
死後の世界がどんなものかはわからないが、せめて一緒にいられたらいいと、そう願った。
目を開けて、最後に礼をする。
古札を入れる場所に、ボロボロになった御守りを返した。
「姿はどうあれ、御守りは一年効果があるというけど、いいのか?」
穏佳に問われて、詩歌は頷いた。
「あんなにボロボロになるまで頑張ってくれたんだもん。きっと疲れちゃったよ。神様の元に帰って、ゆっくりしてもらったほうがいいよ」
穏佳が微笑んで、詩歌の頭を撫でた。
「じゃぁ、新しい御守りをいただいていくか。今度は一人、一つずつ」
「そうしよう。今度は一年、ちゃんと持っていよう」
参拝所で、お揃いの御守りをいただく。
(穏佳と初めてのお揃いかも。嬉しい)
詩歌は御守りに口付けて、ニコリと笑んだ。
「あ、そうだ」
ポケットから緑色のトンボ石を取り出す。
御守りの紐に通したら、ピッタリだった。
「どう? かわいい?」
「あぁ、いいな。快心も、きっと喜ぶよ」
御守りが二つになったみたいで、嬉しくなった。
御守りの濃い緑とトンボ石の淡い緑色が合って、まるでセットみたいだ。
(これからも見守ってね、快心)
とても満足した気持ちで、詩歌は鞄に御守りを括りつけた。
「俺も鞄につけようかな」
穏佳も詩歌と同じように鞄に御守りを括りつけていた。
「帰ろうか」
穏佳が手を差し出す。
詩歌はその手を迷いなく握った。
「まだご飯には早いよね」
「コンビニで豚まん、買っていくか? 今日は俺が奢るよ」
「いいの?」
穏佳がクスリと笑った。
「ごめんを連発しなくなった詩歌に、御褒美だ」
「言われてみれば、言ってないかも」
ごめんを連発しすぎる詩歌の癖を穏佳が叱ったのは、つい二週間前だ。
(あの時は、自分の中の好きって気持ちも、よくわかってなかった)
今は、並んで手を繋いで歩ける。
変わった距離感が、くすぐったくて嬉しい。
「じゃぁ、今日は奢ってもらう。うふふ、嬉しい」
「豚まんなら、何回も食べているだろ。そんなに嬉しい?」
穏佳が、不思議そうに首を傾げる。
繋いだ手を大きく、振った。
「恋人になってから、初めての豚まんだから」
穏佳の頬が、赤く染まった。
「言われてみれば、そうか」
そろそろと穏佳が顔を逸らす。
耳まで真っ赤だ。
「ねぇ、今日の夜さ、一緒に寝よ」
「は⁉ 急すぎるだろ! 今、そんな会話してたか?」
穏佳が怒ったように早口になった。
「だって。ピタってくっ付いて寝たいなって思って。僕ら、同じ部屋で良かったね」
穏佳が口をハクハクさせている。
「ピタってくっ付いたら、それだけじゃ済まなくなるだろ」
「ん? 何?」
穏佳の声が小さすぎて聴こえない。
顔を寄せたら、穏佳がすっと横に避けた。
「もう少し……恋人レベルが上がったら」
穏佳が、ぽそりと言った。
「恋人レベル?」
「そう……今まだ1だから。添い寝は3くらいになってからだ」
「そっか。レベルで決まるんだね」
詩歌は指を折って数えた。
「キスはレベル1でも、していいんだね」
「うっ……それは、まぁ……俺もしたいし」
穏佳が、ごにょごにょと何か言っている。
やっぱり声が小さくて聴こえない。
「良かった。僕、穏佳といっぱいキスした……むぐ」
穏佳の手が詩歌の口を塞いだ。
「外でそういうことを言っちゃ、いけません」
「でも、誰もいないよ」
穏佳の手を退けて、周囲を見回す。
「いなくても、ダメ」
穏佳が詩歌の手を握り直した。
「そういうことばかり言うなら、豚まん奢らないぞ」
「そういうこと? どういうこと?」
首を傾げる詩歌を、穏佳がじっと見詰める。
眉間を抑えて、小さく息を吐いた。
出会った頃からの穏佳の癖だ。
「あぁ、もぅ……」
穏佳の顔が近付いて、詩歌の唇を掠めた。
「俺だって、詩歌ともっとキスしたいよ」
穏佳が、恥ずかしそうに目を逸らす。
顔を逸らした穏佳の耳が真っ赤だ。
それを見ていたら急に恥ずかしくなってきて、詩歌も顔が熱くなった。
「お外では、あんまり言わないように、気を付けるね」
詩歌の顔を眺めた穏佳が、ぎょっと顔色を変えた。
「外では、その顔も禁止だ!」
詩歌の顔を胸に抱いて、歩き出す。
「待って、穏佳。これじゃ、歩けないよ」
穏佳のシャツを引っ張る。
足が止まった。
胸に縋り付いたまま、周囲を見回す。
誰もいないことを確認してから、穏佳を見上げた。
「ねぇ、ちゃんとキスしよ」
穏佳が、ぐっと唇を噛んだ。
「だから、外はダメだって……」
「先にしたのは、穏佳だもん」
握ったシャツをぐっと引く。
穏佳の喉が上下して、その目がちらりと周囲を窺った。
「今だけ、だからな」
呟いて、詩歌の顎に手を添える。
顔が近付いて、唇が重なった。
さっきよりずっと深く、穏佳の熱を感じる。
胸の奥が、じわりと甘く締まる。
「ん……」
ちゅっと音を立てて、唇が離れた。
詩歌は穏佳の胸に、ピタリとくっ付いた。
「豚まん買って、早く部屋に帰ろ」
「そうだな」
穏佳が詩歌の髪に口付ける。
また手を繋いで、二人は歩き出した。
鞄に付けた二人の御守りが、同じ速さで揺れる。
きっとまた同じような困難が押し寄せても、二人なら乗り越えられる。
触れる指先の熱に安堵しながら、同じ歩幅で歩いた。
――明倫学園高校七不思議。
図書室の増える蔵書。
明倫学園の図書室の本棚には、いつの間にか増えている本がある。
真っ白なページに滲んだ文字に応えた者は冥府に連れ去られ、七つ目の怪異となる。
この学園の七不思議に潜む怪異は、一つとは限らない。
一つの物語が完了しても、別の怪異が七不思議に巣食い、新たな物語が始まる。
例えば、友人との蟠りを乗り越え召されたはずの魂が舞い戻ってくることだって、あるのだから。
怪異はループする。
同じ現象を、後悔を、再会を繰り返す怪異だって、存在する。
図書室の蔵書はいつの間にか増えて、今日も交換日記に書きこんでくれる相手を待っている。
交換日記には、きっとこう記されているはずだ。
――たすけて
滲む文字を見付けたら次は、男子寮の一番端の鏡を覗いてみるといい。
溢れる愛を湛える瞳と優しい腕に抱きしめられた少年が、同じ言葉を叫んでいるはずだから。
七不思議たちは、気付いてくれる生者に腕を伸ばして、待っている。
伸びてきた手を握った君が、七つ目の怪異になる。
季節はすっかり梅雨に入って、雨の日が続いている。
今日は貴重な梅雨の晴れ間だ。
詩歌と穏佳は、学園の敷地内にある明倫神社に、御参りに来ていた。
「御参りって、どうするんだっけ」
「二礼二拍手一礼だ」
穏佳が、やって見せてくれた。
「ありがと。最初にお賽銭だね」
二人して五円玉を賽銭箱に投げ入れる。
二回、礼をして、二回、柏手を打つ。
詩歌は手を合わせて目を瞑った。
(僕と穏佳を守ってくれて、ありがとうございました)
結斗にもらった明倫神社の御守りは、気が付いたらボロボロに破れていた。
悠梧に連れ去られそうになった時、御守りも詩歌を守ってくれていたのだろう。
だから今日は、御礼参りだ。
(悠梧、水樹……)
二人の最期の姿を思い出す。
寄り添い合って消えていった二人は、幸せそうに見えた。
けれど詩歌は、あの時の悠梧の表情が気になっていた。
(悠梧は、ちゃんと笑えてなかった気がする)
あの時の悠梧の表情は、水樹ほどすっきりした表情には見えなかった。
それが詩歌の心に、少しだけ引っ掛かっていた。
(どうか二人が、あの世で幸せに暮らせていますように)
死後の世界がどんなものかはわからないが、せめて一緒にいられたらいいと、そう願った。
目を開けて、最後に礼をする。
古札を入れる場所に、ボロボロになった御守りを返した。
「姿はどうあれ、御守りは一年効果があるというけど、いいのか?」
穏佳に問われて、詩歌は頷いた。
「あんなにボロボロになるまで頑張ってくれたんだもん。きっと疲れちゃったよ。神様の元に帰って、ゆっくりしてもらったほうがいいよ」
穏佳が微笑んで、詩歌の頭を撫でた。
「じゃぁ、新しい御守りをいただいていくか。今度は一人、一つずつ」
「そうしよう。今度は一年、ちゃんと持っていよう」
参拝所で、お揃いの御守りをいただく。
(穏佳と初めてのお揃いかも。嬉しい)
詩歌は御守りに口付けて、ニコリと笑んだ。
「あ、そうだ」
ポケットから緑色のトンボ石を取り出す。
御守りの紐に通したら、ピッタリだった。
「どう? かわいい?」
「あぁ、いいな。快心も、きっと喜ぶよ」
御守りが二つになったみたいで、嬉しくなった。
御守りの濃い緑とトンボ石の淡い緑色が合って、まるでセットみたいだ。
(これからも見守ってね、快心)
とても満足した気持ちで、詩歌は鞄に御守りを括りつけた。
「俺も鞄につけようかな」
穏佳も詩歌と同じように鞄に御守りを括りつけていた。
「帰ろうか」
穏佳が手を差し出す。
詩歌はその手を迷いなく握った。
「まだご飯には早いよね」
「コンビニで豚まん、買っていくか? 今日は俺が奢るよ」
「いいの?」
穏佳がクスリと笑った。
「ごめんを連発しなくなった詩歌に、御褒美だ」
「言われてみれば、言ってないかも」
ごめんを連発しすぎる詩歌の癖を穏佳が叱ったのは、つい二週間前だ。
(あの時は、自分の中の好きって気持ちも、よくわかってなかった)
今は、並んで手を繋いで歩ける。
変わった距離感が、くすぐったくて嬉しい。
「じゃぁ、今日は奢ってもらう。うふふ、嬉しい」
「豚まんなら、何回も食べているだろ。そんなに嬉しい?」
穏佳が、不思議そうに首を傾げる。
繋いだ手を大きく、振った。
「恋人になってから、初めての豚まんだから」
穏佳の頬が、赤く染まった。
「言われてみれば、そうか」
そろそろと穏佳が顔を逸らす。
耳まで真っ赤だ。
「ねぇ、今日の夜さ、一緒に寝よ」
「は⁉ 急すぎるだろ! 今、そんな会話してたか?」
穏佳が怒ったように早口になった。
「だって。ピタってくっ付いて寝たいなって思って。僕ら、同じ部屋で良かったね」
穏佳が口をハクハクさせている。
「ピタってくっ付いたら、それだけじゃ済まなくなるだろ」
「ん? 何?」
穏佳の声が小さすぎて聴こえない。
顔を寄せたら、穏佳がすっと横に避けた。
「もう少し……恋人レベルが上がったら」
穏佳が、ぽそりと言った。
「恋人レベル?」
「そう……今まだ1だから。添い寝は3くらいになってからだ」
「そっか。レベルで決まるんだね」
詩歌は指を折って数えた。
「キスはレベル1でも、していいんだね」
「うっ……それは、まぁ……俺もしたいし」
穏佳が、ごにょごにょと何か言っている。
やっぱり声が小さくて聴こえない。
「良かった。僕、穏佳といっぱいキスした……むぐ」
穏佳の手が詩歌の口を塞いだ。
「外でそういうことを言っちゃ、いけません」
「でも、誰もいないよ」
穏佳の手を退けて、周囲を見回す。
「いなくても、ダメ」
穏佳が詩歌の手を握り直した。
「そういうことばかり言うなら、豚まん奢らないぞ」
「そういうこと? どういうこと?」
首を傾げる詩歌を、穏佳がじっと見詰める。
眉間を抑えて、小さく息を吐いた。
出会った頃からの穏佳の癖だ。
「あぁ、もぅ……」
穏佳の顔が近付いて、詩歌の唇を掠めた。
「俺だって、詩歌ともっとキスしたいよ」
穏佳が、恥ずかしそうに目を逸らす。
顔を逸らした穏佳の耳が真っ赤だ。
それを見ていたら急に恥ずかしくなってきて、詩歌も顔が熱くなった。
「お外では、あんまり言わないように、気を付けるね」
詩歌の顔を眺めた穏佳が、ぎょっと顔色を変えた。
「外では、その顔も禁止だ!」
詩歌の顔を胸に抱いて、歩き出す。
「待って、穏佳。これじゃ、歩けないよ」
穏佳のシャツを引っ張る。
足が止まった。
胸に縋り付いたまま、周囲を見回す。
誰もいないことを確認してから、穏佳を見上げた。
「ねぇ、ちゃんとキスしよ」
穏佳が、ぐっと唇を噛んだ。
「だから、外はダメだって……」
「先にしたのは、穏佳だもん」
握ったシャツをぐっと引く。
穏佳の喉が上下して、その目がちらりと周囲を窺った。
「今だけ、だからな」
呟いて、詩歌の顎に手を添える。
顔が近付いて、唇が重なった。
さっきよりずっと深く、穏佳の熱を感じる。
胸の奥が、じわりと甘く締まる。
「ん……」
ちゅっと音を立てて、唇が離れた。
詩歌は穏佳の胸に、ピタリとくっ付いた。
「豚まん買って、早く部屋に帰ろ」
「そうだな」
穏佳が詩歌の髪に口付ける。
また手を繋いで、二人は歩き出した。
鞄に付けた二人の御守りが、同じ速さで揺れる。
きっとまた同じような困難が押し寄せても、二人なら乗り越えられる。
触れる指先の熱に安堵しながら、同じ歩幅で歩いた。
――明倫学園高校七不思議。
図書室の増える蔵書。
明倫学園の図書室の本棚には、いつの間にか増えている本がある。
真っ白なページに滲んだ文字に応えた者は冥府に連れ去られ、七つ目の怪異となる。
この学園の七不思議に潜む怪異は、一つとは限らない。
一つの物語が完了しても、別の怪異が七不思議に巣食い、新たな物語が始まる。
例えば、友人との蟠りを乗り越え召されたはずの魂が舞い戻ってくることだって、あるのだから。
怪異はループする。
同じ現象を、後悔を、再会を繰り返す怪異だって、存在する。
図書室の蔵書はいつの間にか増えて、今日も交換日記に書きこんでくれる相手を待っている。
交換日記には、きっとこう記されているはずだ。
――たすけて
滲む文字を見付けたら次は、男子寮の一番端の鏡を覗いてみるといい。
溢れる愛を湛える瞳と優しい腕に抱きしめられた少年が、同じ言葉を叫んでいるはずだから。
七不思議たちは、気付いてくれる生者に腕を伸ばして、待っている。
伸びてきた手を握った君が、七つ目の怪異になる。



