交換日記から始まる、僕らの恋と七不思議。

 穏佳は託された日記を抱えて、急いで寮に戻った。
 副寮長に点呼の代理を頼むと、部屋に戻った。
 部屋の中に、詩歌の姿はなかった。

「詩歌……起きたのか? 鎖を自分で、外せたのか?」

 詩歌のベッドに駆け寄る。
 触れると、まだ温かかった。

 手にしていた水樹の日記が熱を発した。

「水樹?」

 穏佳は、水樹の日記を開いた。
 ページがひとりでに捲れて、ぴたりと止まった。

『詩歌は悠梧に連れ去られた。このままでは、あちら側に連れて行かれる』

 ぞわりと、怖気が走った。
 穏佳はペンを手に取り、日記にサラサラと文字を綴った。
 
「あちら側って、どういう意味だ」
『僕らと同じ、魂だけの存在にされる』

 言葉の真意に、ごくりと息を飲む。

「死ぬってことか……? 七不思議は、こんな風に人の命を奪うのか?」

 教員が調べるなと注意喚起するほど危険な明倫学園の七不思議だ。
 自分の身に降りかかるまでは、危険なのだろうと、何となく考える程度だった。
 眉唾だと思っていたが、まさかここまで堂々と命を奪いに来るなんて、思いもしなかった。

『悠梧は何度も記憶を失くして、取り戻すため交換日記で人を誘導し、魂を得てはまた記憶を失うのを繰り返している』

 それはさっき、図書室でも水樹が教えてくれた。

「どうして何度も繰り返すんだ。魂は一つじゃ、足りないのか?」
『……満たされないから。どれだけ集めても、悠梧が欲しい魂ではないから』
「そんなの……集める前から、わかっているだろう!」

 幽霊に人の理屈なんて通用しないのかもしれない。
 それでも叫ばずにいられなかった。

『わかっていても、繰り返すんだよ。悠梧が本当に欲しい、俺が手に入るまで。けれど、俺たちの魂は交わらない。違う場所を彷徨い続けていたから』

 水樹が手に入らないから、身代わりの魂を集め続けているのだろうか。
 穏佳から言わせたら、迷惑極まりない。
 
「……だから、詩歌なのか」

 似た魂を集め続ける悠梧の目に、詩歌が映り込んだ。
 だから、選ばれた。
 そう考えると益々腹立たしい。

『きっと、怯えてもいるんだ。本物の俺に会うのが、悠梧は怖い』
「怖い……どうして?」
『俺は足を滑らせただけの転落死だ。だけど、悠梧は自殺だと思っている。真実を知るのが……俺の本当の気持ちを知るのが、怖いんだ』

 大好きな親友が自分のために死んだ。
 その自責を、悠梧は今も抱え続けている。

「だから何回も忘れて、何回も取り戻そうとするのか」

 辛い過去を抱えきれないから、忘れる。
 けれど、会いたくて、取り戻したくて、同じ過ちを繰り返す。
 会いたい願望と、向き合えない弱さ。
 相反する気持ちが、今の悠梧という怨霊を作っているのかもしれない。

『大丈夫、居場所はわかっている』

 日記に、文字が浮かび上がった。

『明倫学園七不思議六つ目、男子寮の開かずの寮室。俺と悠梧が共に生活した場所。詩歌はきっと、そこにいる』

 水樹の言葉を読んで、思い出した。
 図書室で欠片を見つけたら、開かずの寮室に持って来いと悠梧は穏佳に話した。

『俺は、何度も自分の姿を実体化できない。それほど力が強くないんだ』

 それは、わかる気がした。
 水樹からは悠梧が発するような禍々しさを感じない。
 怨霊と呼ぶには思考も健全だ。

『だけど、穏佳が体を貸してくれたら、力を維持できる』
「俺の、体?」

 穏佳は、ごくりと息を飲んだ。
 健全そうではあっても、水樹も幽霊だ。
 安易に体を貸して、大丈夫なんだろうか。

『穏佳のために詩歌を助けると約束する。だから、俺が悠梧を救うために、力を貸してほしい』

 穏佳は咄嗟に返事ができなかった。
 幽霊の言葉を鵜呑みにしていいか、戸惑う。

『俺たちで、七不思議を終わらせよう』

 浮かび上がってきた文字を、穏佳は見詰めた。

(落ちなかったのは、初めてなんだよな)

 詩歌を助けたから、水樹も屋上から落ちなかった。
 このチャンスが、百年を経て巡ってきた唯一の機会なら、掛けるのはアリだ。

(手放しで信じられるわけじゃない。俺は詩歌ほど純粋じゃない)

 もし詩歌なら、穏佳みたいに迷ったりせず、その身を差し出すのだろう。
 その危うさが不安になるし、守らなければと思う理由だが、今は詩歌を羨ましく思う。
 
(出会ったばかりで、しかも幽霊だ。だけど、他に詩歌を救う手段が思い付かない)

 怪異に関わるのなんか、初めてだ。
 今の穏佳には、水樹が提案した方法以外に成す術がない。

 拳を強く握りしめる。
 穏佳は、最悪の事態まで覚悟して、決断した。

「……わかった。水樹を信じる」

 穏佳は日記に書き込んだ。

『俺と出会ってくれたのが穏佳で、本当に良かったと思う。ありがとう』

 穏佳は、水樹の言葉に指を滑らせた。

「俺も、水樹に会えて良かったと思うよ」

 打つ手なしだった穏佳に、水樹は突破口をくれた。
 穏佳は三冊分の日記を抱えると、開かずの寮室の鍵を握って部屋を飛び出した。