交換日記から始まる、僕らの恋と七不思議。

 真っ暗な空間は静寂に包まれていた。
 静寂と呼ぶにはあまりに静かな無だ。
 こんな場所にずっと一人でいたら、悲しくて狂ってしまいそうだ。

 無音に耳を塞ぎたくなる。
 真っ暗で何も見えないから、目を閉じたくなる。
 そんな空間だ。

 ひっそりと、誰かの声が零れた。

『最初は僕だったんだ。
 僕には外人の血が混じっている。
 青い瞳と赤茶色の髪が、人の好奇を刺激した』
 
 『戸惑わず、受け入れてくれたのは水樹だけだった。
 正義感の強い彼は、好奇の目から僕を庇った。
 それが引き金になって、虐めはエスカレートした』

 誰の声だろう。
 初めて聞く声だ。
 なのに、もう何度も話している気がする。

『僕が彼を守るべきだった。
 巻き込むべきじゃなかった。
 なのに僕は、恐ろしくて、何もできず傍観した。
 彼は僕の身代わりに酷い目に遭ったのに。
 その総てが、僕の罪だ』

 傍観、身代わり……。
 聞いたことがある言葉だ。
 最近、聞いた気がする。

『だから七不思議を作った。
 僕の罪と、虐めた人間の罪、水樹の悲惨な末路を、忘れさせないために。
 この学園に何十年も何百年も根をはって、復讐し続けるようにと』

 七不思議という言葉で、詩歌の意識が浮上した。

『こんなに大切なことを、僕は忘れていた。
 それも新たな僕の罪だ。
 水樹の名前すら、忘れるなんて』

 青い瞳が詩歌を覗き込む。
 詩歌は手を伸ばした。

「でも、悠梧は思い出したかったんでしょ。だから僕と交換日記を始めたんだよね」

 詩歌を覗き込んだ青い瞳は、瞬きすらせず見つめ続ける。

「水樹くんと、ちゃんと話さなきゃ。今なら、話ができるはずだよ」

 詩歌は青い瞳に微笑みかけた。
 悠梧が、詩歌の掌に掌を重ねた。

『真っ直ぐな瞳、純粋な心、人を放っておけない性格。
 総て、僕にないもの。
 詩歌は僕と同じ傷を抱えているのに……僕とは違う』

 悠梧の手が、やんわりと詩歌の手を握った。

『詩歌を選んで、良かった。欠片を見つけてくれた。
 ……穏佳を、巻き込んでくれた』

 悠梧の目が、歪に弧を描いた。
 ぞくりと、寒気が走った。

「それ、どういう、意味?」

 恐る恐る問う。
 悠梧が、詩歌の手を強く握った。

『穏佳は、僕の理想。僕や水樹を救ってくれる穏佳みたいな救世主が欲しかった』
「なに、それ……」

 ドクン、ドクン、と心臓の鼓動が嫌な鼓動を刻む。

『心配しないで。欠片を見つけて、本が……僕が完成すれば、奪わない。だけど、もしできなかったら。詩歌か穏佳、どちらかをもらう』
「僕にして!」

 詩歌は力いっぱい叫んだ。

「僕にしてよ。穏佳に手を出さないで!」
 
 悠梧が、握る手を深めた。

『詩歌は本当は僕に、そっくり。本当の詩歌は健気で儚くて、脆い。抱える傷まで、お揃いだ』

 ズキン、と詩歌の胸が痛んだ。

『大好きだよ、詩歌。水樹と同じくらい、詩歌が好き。だから……今は、穏佳が欲しいんだ。詩歌なら僕の気持ち、わかってくれるよね』

 悠梧が握る詩歌の手に唇をあてた。
 あまりの冷たさに、触れた肌がぞわりと粟立つ。

「わかんない……わからないよ、そんなの!」

 詩歌は乱暴に悠梧の手を振り解いた。

「あ……ごめん。そういうつもりじゃ……」

 詩歌を眺める悠梧が、悠然と笑んだ。

『そう、何でも自分が悪いと思えば解決するって、信じているところ』

 青い瞳が、じりじりと詩歌に迫った。
 どんなに後ろに下がっても、悠梧の瞳が迫ってくる。

『偽善的で、僕にそっくり。それが詩歌の本質。そういうところが、大好きだよ』

 じわりじわりと、悠梧の言葉で心が焼ける。
 痛いのに、言い返せない。

『僕の気持ち、わからないなら、穏佳の気持ちも、詩歌にはわからない。だったら、いらないよね。穏佳を、僕にちょうだい』
「嫌だ! 絶対に、嫌!」
『穏佳が、それでいいと言ったら?』
「穏佳はそんなこと、言わない!」
『どうして、言いきれるの? 詩歌は穏佳のこと、何もわからないのに』

 詩歌は、ぐっと唇を噛んだ。
 
「わからないよ。だけど……穏佳はきっと、普通に生きることを選ぶと思うから」

 卒業まで詩歌とルームメイトでいたいと言ってくれた。
 詩歌が境界を越えそうになるたび引き戻してくれるのも、穏佳だ。

『なら、試してみようか。穏佳が何を選ぶのか』

 悠梧の指先が、詩歌の手首に触れた。
 鎖の枷が、詩歌の腕の自由を奪った。

「何、これ」
『次の七不思議で穏佳が欠片を見つけるまで、詩歌をここから出さない』
「そんな!」

 詩歌は自分の腕に付いた枷を引っ張った。
 全く外れる気配がない。
 鎖が擦れるじゃりっとした音が聞こえるだけだ。

『次は、七不思議五つ目、図書室の増える蔵書。穏佳は、見つけられるかな』
「待って……待ってよ。図書館の増える蔵書は、悠梧と僕の交換日記でしょ?」

 最初に七不思議を探しに行く時、そういったのは悠梧だ。

『もっと大切な欠片が、図書室に隠れている。それを見つけ出さないと、僕は、水樹に会えない。だから、見つからなかったら……』

 悠梧の目が、詩歌を射抜いた。

『詩歌と穏佳を、両方もらうね』

 ぞわりと、全身の肌が粟立った。
 悠梧の指が、詩歌の額を捕らえた。
 指先を当てられているだけなのに、動けない。

『大丈夫、穏佳が何とかしてくれる。だから詩歌は、ゆっくりおやすみ』

 言葉に促されるように、詩歌の意識が沈んでいく。

(嫌だ、嫌だよ、穏佳……穏佳!)

 悲痛な叫びは真っ暗な闇の中に溶けて消えた。
 詩歌の意識は深淵に落ちていった。