懸命に本を開こうとする詩歌の手を、穏佳がそっと止めた。
「詩歌、部屋に戻ろう。びしょ濡れだ」
「え……?」
穏佳に指摘されて気が付いた。
さっきまで豪雨だったから、服も髪もびしょ濡れた。
詩歌は空を見上げた。
すっかり雨が上がっている。
雲の隙間から、薄い光が差し始めていた。
「悠梧は少し、そっとしてやろう。今は、無理に触れないほうがいい」
「でも……」
「きっと今、色んな思いが渦巻いているはずだ。きっと、本はまた開ける」
穏佳の声が優しい。
「そう……だね」
だから素直に頷けた。
詩歌の手から本を受け取って、穏佳が扉に向かい歩き出した。
肩を抱く穏佳の手が熱い。
その熱に、酷く安心する。
詩歌は、穏佳の手に手を重ねた。
(やっぱり穏佳は、温かい)
心の奥で雁字搦めになっているモノが、解けていく気がした。
詩歌は重ねた穏佳の手を強く握った。
「詩歌……?」
穏佳が詩歌を見下ろす。
その顔は見上げずに、詩歌は口を開いた。
「穏佳、あのね。僕、本当は……弟が、いたんだ」
「弟? 詩歌は一人っ子じゃなかったのか?」
そういえば、穏佳と同室になったばかりの頃、そんな話をしたかもしれない。
快心の話をするのが怖くて、兄弟はいないと話した。
「二歳年下の、弟がいたんだ。僕が八歳の時に、転落事故で……死んじゃった。今日みたいに、雨と風が強い日で……」
探しに行こうか、とても迷った。
友達の家にいるのなら、心配ないと自分に言い聞かせた。
無理に家に帰ろうとした快心は、工事中の高い崖から足を滑らせた。
発見が早ければ助かっていたかもしれなかった。
「僕が、探しに行っていたら、生きていたかもしれなかったんだ」
「いや、でも、その頃の詩歌は、八歳だろ。流石に……」
ぐっと、穏佳の手を強く握った。
「どうにも、ならなかったかも、しれないよね。でも、だけど……」
何もできなくて、当然。
そんな言葉で、この気持ちは片付けられない。
「だから……もう、一つも失いたくないんだ。間違いたく、ないんだ」
「詩歌……」
穏佳が、気の毒そうな目を向ける。
その顔が、傾いてダブって見えた。
「諦めたくない……見捨てたくないよ。悠梧の欠片も、全部……見つけてあげたい」
きっと、それは自分のためでもあるのだと、今は思う。
(僕も悠梧と同じだよ。だから、心を閉ざしてしまわないで)
もう、見て見ぬ振りはしたくない。
相手が人でも、たとえ人ではない――怪異でも。
元は同じ、人だったのだから。
「僕は……お兄ちゃん、だから」
頭がフワフワして、足元がおぼつかない。
穏佳の顔が歪んで、二重にも三重にも見える。
「詩歌? どうした……おい」
穏佳が詩歌の体を支える。
驚いた顔で額に触れた。
「凄い熱……詩歌!」
がくん、と視界が落ちた。
穏佳の手の温もりが遠のく。
(穏佳の温かさが感じられないと、怖いよ)
目の前が真っ暗になって、何も聞こえない。
とても静かな空間で、詩歌はゆっくりと眠りに落ちた。
穏佳の手を握りたいのに、握れない。
それだけが不安で、詩歌は手を彷徨わせた。
「詩歌、部屋に戻ろう。びしょ濡れだ」
「え……?」
穏佳に指摘されて気が付いた。
さっきまで豪雨だったから、服も髪もびしょ濡れた。
詩歌は空を見上げた。
すっかり雨が上がっている。
雲の隙間から、薄い光が差し始めていた。
「悠梧は少し、そっとしてやろう。今は、無理に触れないほうがいい」
「でも……」
「きっと今、色んな思いが渦巻いているはずだ。きっと、本はまた開ける」
穏佳の声が優しい。
「そう……だね」
だから素直に頷けた。
詩歌の手から本を受け取って、穏佳が扉に向かい歩き出した。
肩を抱く穏佳の手が熱い。
その熱に、酷く安心する。
詩歌は、穏佳の手に手を重ねた。
(やっぱり穏佳は、温かい)
心の奥で雁字搦めになっているモノが、解けていく気がした。
詩歌は重ねた穏佳の手を強く握った。
「詩歌……?」
穏佳が詩歌を見下ろす。
その顔は見上げずに、詩歌は口を開いた。
「穏佳、あのね。僕、本当は……弟が、いたんだ」
「弟? 詩歌は一人っ子じゃなかったのか?」
そういえば、穏佳と同室になったばかりの頃、そんな話をしたかもしれない。
快心の話をするのが怖くて、兄弟はいないと話した。
「二歳年下の、弟がいたんだ。僕が八歳の時に、転落事故で……死んじゃった。今日みたいに、雨と風が強い日で……」
探しに行こうか、とても迷った。
友達の家にいるのなら、心配ないと自分に言い聞かせた。
無理に家に帰ろうとした快心は、工事中の高い崖から足を滑らせた。
発見が早ければ助かっていたかもしれなかった。
「僕が、探しに行っていたら、生きていたかもしれなかったんだ」
「いや、でも、その頃の詩歌は、八歳だろ。流石に……」
ぐっと、穏佳の手を強く握った。
「どうにも、ならなかったかも、しれないよね。でも、だけど……」
何もできなくて、当然。
そんな言葉で、この気持ちは片付けられない。
「だから……もう、一つも失いたくないんだ。間違いたく、ないんだ」
「詩歌……」
穏佳が、気の毒そうな目を向ける。
その顔が、傾いてダブって見えた。
「諦めたくない……見捨てたくないよ。悠梧の欠片も、全部……見つけてあげたい」
きっと、それは自分のためでもあるのだと、今は思う。
(僕も悠梧と同じだよ。だから、心を閉ざしてしまわないで)
もう、見て見ぬ振りはしたくない。
相手が人でも、たとえ人ではない――怪異でも。
元は同じ、人だったのだから。
「僕は……お兄ちゃん、だから」
頭がフワフワして、足元がおぼつかない。
穏佳の顔が歪んで、二重にも三重にも見える。
「詩歌? どうした……おい」
穏佳が詩歌の体を支える。
驚いた顔で額に触れた。
「凄い熱……詩歌!」
がくん、と視界が落ちた。
穏佳の手の温もりが遠のく。
(穏佳の温かさが感じられないと、怖いよ)
目の前が真っ暗になって、何も聞こえない。
とても静かな空間で、詩歌はゆっくりと眠りに落ちた。
穏佳の手を握りたいのに、握れない。
それだけが不安で、詩歌は手を彷徨わせた。



