交換日記から始まる、僕らの恋と七不思議。

 理科室は旧校舎の二階の北側にあった。
 準備室はその奥にある。理科室を経由しないと入れない。

「相変わらず、どこも鍵がかかっていないな」

 穏佳が理科室の扉を、そっと開けた。
 当然のように詩歌の手を握っている。
 その手を、詩歌はじっと見詰めた。

「中に入るぞ」

 振り返った穏佳を、詩歌は見上げた。

「……穏佳って、呼びたい」
「よし、行く……は?」

 前に向き直った穏佳が、もう一度、詩歌を振り返った。
 とても呆けた顔をしている。

「穏佳って呼んでいい?」

 穏佳の手を、ぎゅっと握って訴えた。
 詩歌を見下ろす穏佳の喉が、ごくりと上下した。
 耳の先が、見る間に赤く染まる。

「えっと……何で、このタイミングなんだ」

 穏佳が手で口元を覆い隠す。
 照れを帯びた目を逸らした。

「だって……僕は結斗を結斗って呼ぶから、穏佳くんも穏佳がいい」
「答えになってない。そもそも、最近まで京久野君だったし……気が付いたら穏佳くんになっていて俺のほうが驚いたわけで、今更確認とか意味が……」
「ダメ?」

 穏佳の反応が曖昧で、泣きそうな気持ちになる。
 詩歌の顔を見た穏佳が、慌て始めた。

「ダメじゃない、まったくもって、ダメじゃない。むしろ、いい」

 とても早口だ。慌てている時の穏佳の癖だ。
 穏佳が大きく息を吸って、細く吐いた。

「俺も詩歌って呼びたいし、穏佳って呼んでほしいよ」

 詩歌の心が、ぱっと晴れた。
 さっきまで感じていたジリジリがなくなった。

「うん! 僕も穏佳に詩歌って呼ばれるの、好き。穏佳って呼べるのも嬉しいよ」

 弾かれるように顔を逸らして、穏佳が前を向いた。

「穏佳? どうしたの? どこか辛いの?」
「辛いというか……大丈夫だ。ちょっと、己の欲と戦っているだけだから」

 穏佳の言葉の意味が解らなくて、詩歌は首を傾げた。
 とても辛そうに見えるから、心配だ。

「平常心……平常心だ。好きの破壊力が可愛いけど、平常心」

 呪文のように唱えながら、穏佳がさっきより大きな深呼吸をした。
 
「目の前に怪異、目の前に怪異……集中! よし、行こう」
「うん!」

 本と穏佳の手を握り締めて、詩歌は気合を入れた。
 二人は、理科室の扉を潜った。