『ちょっと用事があって遅れる。席で待ってて』
約束の木曜日。理央からメッセージが入った。すでに到着していたおれは『了解』とだけ返し、自分の飲み物を買ってきた。
フードコートで待ち合わせするようになって一ヶ月。おれが待つのは初めてだ。
理央はいつもおれより早くここに来て、飲み物や食べ物を用意してにこにこしながら待っている。毎回では申し訳ないのでお金を渡すと一応は受け取るものの、帰りにゲーセンで使い切ってしまうのが定番になっていた。
まさかこんなに続くと思わなかったが……、ところでテストはいつなんだろう。
「あ、いたいた。天宮くんだ。だから言ったでしょ」
「あの噂は本当ってこと? うそでしょ~」
机の間を縫って二人組の女子が近づいてきた。金色に近い派手な髪色と濃い化粧。ピンク色のリボンは理央と同じ西高生だ。
「ひさしぶり」
「全然変わってないね~」
ひらひらと手を振られるが、あいにくと心当たりがない。
「あの……どちら様ですか?」
「覚えてないの?」
「ひっどー!」
それぞれに名前を言われ、中学で同じクラスだったことを思い出した。分厚い化粧のせいで全然気がつかなかった。
「久しぶり……だけど、おれに何か用?」
「用っていうか、ねぇ?」
「お願い、かなぁ。だってこのままじゃ理央くんが可哀想だもん」
二人はおれを挟むように立つ。和やかに昔話をしにきたという雰囲気ではない。
「いま学校でね、理央くんが毎週ここに来てるって噂があったの。わざわざ遠回りして」
「天宮くんと会ってるってホントだったんだ。よその高校なのに」
棘のある言い方だった。たしか二人とも中学時代に理央に告白して玉砕していたはずだ。仲を取り持つよう頼まれたこともあったが、面倒だから断った。まだ恨んでいるのかな。
でもなんでここに? 理央に話があるなら学校で言えばいい。同じ校内にいればチャンスはいくらでもあるのだから。
「……で、おれに何のお願い? 理央に関係あること?」
二人は顔を見合わせて頷いた。一人がスマホを構え、もう一人が顔を近づけてくる。動画を撮っているんだ。
「天宮くんさ、もう高校生なんだから理央くんに付きまとうのやめなよ」
「無理言って理央くんを呼び出しているんでしょう? 彼、すっごく忙しいんだよ。迷惑だって分からない?」
まさに青天の霹靂。
意味が分からなかった。
「ちょっと待て。付きまとう? 呼び出してる? 全然違う。おれは理央から頼まれたんだよ。テスト勉強手伝ってほしいって」
至極まじめに答えると二人はほぼ同時に噴きだした。
「テストぉ? そんなのとっくに終わってるよ。先月の話じゃん」
「しかも学年二位の成績だったんだよ? 先生もべた褒めだったし。生徒会の仕事も忙しいはずなのに勉強もできるなんて凄すぎるよね」
テストは終わってる?
学年二位?
生徒会?
なんだよそれ。知らない。聞いてない。理央はなにも言ってなかった。
ウソをつかれてたのか……? 目の前が暗くなっていく。
追い打ちをかけるように二人が囁いた。
「天宮くん本当は西高志望だったんでしょう? 前に理央くんと話しているの聞いたもん」
「なのに橘田学園の制服着てるってことはもしかして……残念でしたってやつ? ぷぷっ!」
関係ないだろ、と言い返したかったのに喉が凍りついたように動かない。
ドロッとした冷たいものが心の中に広がっていく。
あの日、カーテンを閉め切った真っ暗な部屋で、『不合格』の表示だけが点滅して、どうしようもなく立ち尽くして、理央の嬉しそうな声が響いてた。
――『なんでおれは不合格なんだよ。なんで理央は……』
一瞬でも願ってしまった。理央の不幸を。同じ絶望を。深い底なし沼に一緒に沈んで欲しいと願ってしまった。
そうしたら同じ私立に行けたかもしれないのに。なんでおれは理央の隣にいられないんだ。なんで。
「朔……こっち見ろ、朔!」
ぐいっと肩を抱かれた。
ハッとして顔を上げると理央のキレイな顔がすぐ間近にある。
「理央……おれ……」
「言わなくていい。場所移動しようぜ」
飲み物とカバンを手に持ち、もう片手でおれの手を引いていく。
二人が慌てて追いすがってきた。
「ちょっ、ちょっと理央くん!」
「あたしたちは親切のつもりだったの。そいつが理央くんを束縛してるみたいだったから」
ぴた、と動きが停まる。
「――いま、朔を『そいつ』呼ばわりしたか?」
「ひっ!」
二人の顔が恐怖で引きつる。
声音は静かだけど今までにないくらい怒っているのが分かった。
「親切? 束縛? ふざけんなよ、おまえらに俺や朔のなにが分かんの?」
びりびりと痺れるような冷たい空気。
二人は委縮して震えている。
「わざわざフードコートまで来て嫌がらせかよ。しかも動画撮って脅すなんて本当に最低だな。もう二度と俺たちに近づくな。鬱陶しい。……行こうぜ朔」
呆然とする二人を残し、おれの手を掴んでフードコートを出た。
ひと気のない駐車場近くのベンチへ連れていかれる。
「座ってて」
さっきとは打って変わった優しい声で告げられ、素直に従った。あんなに激怒した理央を見たのは久しぶりだ。
「遅くなってごめん。お詫びに、これ」
自販機で買ったレモンソーダを差し出してくる。受け取るとき、少しだけ手が震えた。
「……いつから、来てたんだ?」
「志望校の話してた時。あの二人は同じクラスなんだけど毎日絡んでくるからうざったくてテキトウにあしらってたんだ。まさか朔に八つ当たりするとは思わなかった。俺のせいだ。本当にごめん!」
背筋を伸ばして頭を下げてくる。
「理央が謝ることじゃないだろ。言ってることは滅茶苦茶だったけど、落ちたのは事実だし……」
理央と同じ高校に行くためにあの子たちも努力したのだろう。でも結局相手にされなくて、その鬱憤をおれにぶつけてきたのだ。端から見れば他校の元同級生が呼び出していると思われても不思議じゃない。
でも同じクラスなら毎日顔を合わせるだろうし、険悪なムードになるのはあまり良くないと思う。時々しか会わないおれと違い、学校生活に影響する可能性がある。
「理央、おれは、大丈夫。平気、だから」
必死に笑顔を作った。
「ごめんな、ちゃんと言い返さなかったせいで理央を怒らせて。不合格のことももう気にしてないから――」
にへらっ、と笑おうとすると理央が頬を包み込んできた。
「無理して笑わなくていいよ」
どきっとした。なんで分かるんだろう。
「俺はずっと朔の隣にいたんだ。西高に行くため必死に努力している姿を一番近くで見てた。だから結果がどうあれ朔を笑うヤツがいたら絶対に許せない。俺は大事な人のことを笑われて平気な顔していられるほど大人じゃないよ。だから朔も作り笑いしなくていい」
「…………おれ、は」
「言って。本当のこと。朔の気持ちを全部俺にぶつけて。受け止めるから」
理央の言葉は、どうしてこんなに真っすぐ刺さるんだろう。
俺の心の奥底に押し込めていた『汚い気持ち』が揺さぶられていく。必死に誤魔化してきた仮面が剥がれていく。
「ほんとは……悔し、かった」
「うん」
「あんなに頑張ったのに合格できな、くて、理央のとなりに、いられなくて……情けなくて……どんな顔して会ったらいいのか分かんなくて」
「うん」
「理央も、落ちてたら……って、一瞬でも期待した自分が、すごく、汚くて……」
「そんなことないよ」
「怖かっ……こんなに醜い自分を知られて、理央に嫌われるのが……」
「朔は綺麗だよ。今も昔も変わらない。だから安心して、好きなだけ泣いていいよ。俺の前では」
赤ん坊をあやすようにポンポンと背中を撫でられる。
もう限界だった。ダムが決壊するように涙が込み上げる。
「う……あっ……!」
おれは泣いた。泣き続けた。
理央の体にしがみついて子どもみたいに泣き続けた。
約束の木曜日。理央からメッセージが入った。すでに到着していたおれは『了解』とだけ返し、自分の飲み物を買ってきた。
フードコートで待ち合わせするようになって一ヶ月。おれが待つのは初めてだ。
理央はいつもおれより早くここに来て、飲み物や食べ物を用意してにこにこしながら待っている。毎回では申し訳ないのでお金を渡すと一応は受け取るものの、帰りにゲーセンで使い切ってしまうのが定番になっていた。
まさかこんなに続くと思わなかったが……、ところでテストはいつなんだろう。
「あ、いたいた。天宮くんだ。だから言ったでしょ」
「あの噂は本当ってこと? うそでしょ~」
机の間を縫って二人組の女子が近づいてきた。金色に近い派手な髪色と濃い化粧。ピンク色のリボンは理央と同じ西高生だ。
「ひさしぶり」
「全然変わってないね~」
ひらひらと手を振られるが、あいにくと心当たりがない。
「あの……どちら様ですか?」
「覚えてないの?」
「ひっどー!」
それぞれに名前を言われ、中学で同じクラスだったことを思い出した。分厚い化粧のせいで全然気がつかなかった。
「久しぶり……だけど、おれに何か用?」
「用っていうか、ねぇ?」
「お願い、かなぁ。だってこのままじゃ理央くんが可哀想だもん」
二人はおれを挟むように立つ。和やかに昔話をしにきたという雰囲気ではない。
「いま学校でね、理央くんが毎週ここに来てるって噂があったの。わざわざ遠回りして」
「天宮くんと会ってるってホントだったんだ。よその高校なのに」
棘のある言い方だった。たしか二人とも中学時代に理央に告白して玉砕していたはずだ。仲を取り持つよう頼まれたこともあったが、面倒だから断った。まだ恨んでいるのかな。
でもなんでここに? 理央に話があるなら学校で言えばいい。同じ校内にいればチャンスはいくらでもあるのだから。
「……で、おれに何のお願い? 理央に関係あること?」
二人は顔を見合わせて頷いた。一人がスマホを構え、もう一人が顔を近づけてくる。動画を撮っているんだ。
「天宮くんさ、もう高校生なんだから理央くんに付きまとうのやめなよ」
「無理言って理央くんを呼び出しているんでしょう? 彼、すっごく忙しいんだよ。迷惑だって分からない?」
まさに青天の霹靂。
意味が分からなかった。
「ちょっと待て。付きまとう? 呼び出してる? 全然違う。おれは理央から頼まれたんだよ。テスト勉強手伝ってほしいって」
至極まじめに答えると二人はほぼ同時に噴きだした。
「テストぉ? そんなのとっくに終わってるよ。先月の話じゃん」
「しかも学年二位の成績だったんだよ? 先生もべた褒めだったし。生徒会の仕事も忙しいはずなのに勉強もできるなんて凄すぎるよね」
テストは終わってる?
学年二位?
生徒会?
なんだよそれ。知らない。聞いてない。理央はなにも言ってなかった。
ウソをつかれてたのか……? 目の前が暗くなっていく。
追い打ちをかけるように二人が囁いた。
「天宮くん本当は西高志望だったんでしょう? 前に理央くんと話しているの聞いたもん」
「なのに橘田学園の制服着てるってことはもしかして……残念でしたってやつ? ぷぷっ!」
関係ないだろ、と言い返したかったのに喉が凍りついたように動かない。
ドロッとした冷たいものが心の中に広がっていく。
あの日、カーテンを閉め切った真っ暗な部屋で、『不合格』の表示だけが点滅して、どうしようもなく立ち尽くして、理央の嬉しそうな声が響いてた。
――『なんでおれは不合格なんだよ。なんで理央は……』
一瞬でも願ってしまった。理央の不幸を。同じ絶望を。深い底なし沼に一緒に沈んで欲しいと願ってしまった。
そうしたら同じ私立に行けたかもしれないのに。なんでおれは理央の隣にいられないんだ。なんで。
「朔……こっち見ろ、朔!」
ぐいっと肩を抱かれた。
ハッとして顔を上げると理央のキレイな顔がすぐ間近にある。
「理央……おれ……」
「言わなくていい。場所移動しようぜ」
飲み物とカバンを手に持ち、もう片手でおれの手を引いていく。
二人が慌てて追いすがってきた。
「ちょっ、ちょっと理央くん!」
「あたしたちは親切のつもりだったの。そいつが理央くんを束縛してるみたいだったから」
ぴた、と動きが停まる。
「――いま、朔を『そいつ』呼ばわりしたか?」
「ひっ!」
二人の顔が恐怖で引きつる。
声音は静かだけど今までにないくらい怒っているのが分かった。
「親切? 束縛? ふざけんなよ、おまえらに俺や朔のなにが分かんの?」
びりびりと痺れるような冷たい空気。
二人は委縮して震えている。
「わざわざフードコートまで来て嫌がらせかよ。しかも動画撮って脅すなんて本当に最低だな。もう二度と俺たちに近づくな。鬱陶しい。……行こうぜ朔」
呆然とする二人を残し、おれの手を掴んでフードコートを出た。
ひと気のない駐車場近くのベンチへ連れていかれる。
「座ってて」
さっきとは打って変わった優しい声で告げられ、素直に従った。あんなに激怒した理央を見たのは久しぶりだ。
「遅くなってごめん。お詫びに、これ」
自販機で買ったレモンソーダを差し出してくる。受け取るとき、少しだけ手が震えた。
「……いつから、来てたんだ?」
「志望校の話してた時。あの二人は同じクラスなんだけど毎日絡んでくるからうざったくてテキトウにあしらってたんだ。まさか朔に八つ当たりするとは思わなかった。俺のせいだ。本当にごめん!」
背筋を伸ばして頭を下げてくる。
「理央が謝ることじゃないだろ。言ってることは滅茶苦茶だったけど、落ちたのは事実だし……」
理央と同じ高校に行くためにあの子たちも努力したのだろう。でも結局相手にされなくて、その鬱憤をおれにぶつけてきたのだ。端から見れば他校の元同級生が呼び出していると思われても不思議じゃない。
でも同じクラスなら毎日顔を合わせるだろうし、険悪なムードになるのはあまり良くないと思う。時々しか会わないおれと違い、学校生活に影響する可能性がある。
「理央、おれは、大丈夫。平気、だから」
必死に笑顔を作った。
「ごめんな、ちゃんと言い返さなかったせいで理央を怒らせて。不合格のことももう気にしてないから――」
にへらっ、と笑おうとすると理央が頬を包み込んできた。
「無理して笑わなくていいよ」
どきっとした。なんで分かるんだろう。
「俺はずっと朔の隣にいたんだ。西高に行くため必死に努力している姿を一番近くで見てた。だから結果がどうあれ朔を笑うヤツがいたら絶対に許せない。俺は大事な人のことを笑われて平気な顔していられるほど大人じゃないよ。だから朔も作り笑いしなくていい」
「…………おれ、は」
「言って。本当のこと。朔の気持ちを全部俺にぶつけて。受け止めるから」
理央の言葉は、どうしてこんなに真っすぐ刺さるんだろう。
俺の心の奥底に押し込めていた『汚い気持ち』が揺さぶられていく。必死に誤魔化してきた仮面が剥がれていく。
「ほんとは……悔し、かった」
「うん」
「あんなに頑張ったのに合格できな、くて、理央のとなりに、いられなくて……情けなくて……どんな顔して会ったらいいのか分かんなくて」
「うん」
「理央も、落ちてたら……って、一瞬でも期待した自分が、すごく、汚くて……」
「そんなことないよ」
「怖かっ……こんなに醜い自分を知られて、理央に嫌われるのが……」
「朔は綺麗だよ。今も昔も変わらない。だから安心して、好きなだけ泣いていいよ。俺の前では」
赤ん坊をあやすようにポンポンと背中を撫でられる。
もう限界だった。ダムが決壊するように涙が込み上げる。
「う……あっ……!」
おれは泣いた。泣き続けた。
理央の体にしがみついて子どもみたいに泣き続けた。
