別々の高校に進学した元親友とフードコートで再会してから様子がおかしいのだが…

「こっちこっち。ここなら人少ないから」
 外野の目から逃れるため、ショッピングモールの端にあるコインロッカー前に移動した。ベンチと自販機があるだけで人通りが少ないところなので落ち着いて話ができそうだ。
「はぁ~、汗かいた。楽しかったね。朔」
 子どもみたいにはしゃぎながら首元を緩める。ちらりと鎖骨が見えた瞬間、思わず顔を背けてしまった。
「いい息抜きになったか?」
「うん。最近ちょっと忙しかったけど疲れが吹っ飛んだよ」
 これからテストだっていうのに、なにが忙しいんだろう。
「さっきの勝負だけど、おれの負けだ。理央のお願いごとを聞くよ」
「いいの?」
「約束だったから。大声で歌えとか、踊れとか、恥ずかしい命令はやめて欲しいけど」
 理央ことだから本気の嫌がらせみたいなことはしないだろう。だからこそ余計に何を『お願い』されるのか分からなくて不安だ。
 ――ギッ、とベンチが軋んだ。
「じゃあ、目、閉じて」
 いまにも触れられそうな位置に理央の顔がある。
「大丈夫。変なことはしないから」
 笑顔が胡散臭い。しかしお願いなので仕方なく目を閉じる。
「ちょっと触るよ、じっとしてて」
 優しい手つきで首筋に触れてくる。ワイシャツのボタンがぷつっと外され、胸元が涼しくなった。
「理央、なにを」
「ダメだよ。そのまま目を閉じていて。俺がいいって言うまで」
 耳元で囁かれると魔法にでもかけられたように体が動かなくなった。されるがままだ。
 しゅるり、しゅるり、と布がこすれるような音がしたあとキュッと首を押される感覚があった。
「はいできた」
 パッと目を開け、胸の辺りの違和感に気づく。
「……これって……まさか」
 おれの首にはピンクのネクタイが結ばれていた。そう、西高のトレードマークだ。理央の胸元にも当然同じものがある。
「ユニセックスカラーって言って男女関係なく合うような色味になってるらしいよ。でも朔なら絶対似合うと思ってたんだ。こっち見て、こっち」
 スマホの自撮りモードで全身を見せてくれる。理央の隣でお揃いのネクタイを締めている自分の姿が不思議で仕方なかった。パシャ、と写真をとった理央は満足そうに微笑む。
「良かったらそれあげるよ」
「いやダメだろそれは。でもなんで二本あるんだ? 予備?」
「もっとあるよ。最近また持ち物が無くなるんだよね。イヤホン、ボールペン、メモ帳、傘、チャーム……ネクタイも無くなって困っていたら卒業したOBの人たちが厚意でくれたんだよ」
 呑気なことを言っているが理央の『落とし物』は今に始まったことではなく、本人が気がつかないところで盗まれているのだ。
 中学時代も自称ファンが理央の私物を盗んで騒ぎになったことが度々あった。幸い理央本人は物に固執しないタイプだったので無くなっても大して気にしていなかったが。
「それも予備だから気にせず使っていいよ。お揃いコーデ。いいだろ?」
 カメラを連写する。
「……いいのか? 本当に?」
「うん。俺の願いは、お揃いのネクタイで写真撮ることだったから」
 憧れてやまなかったピンクのネクタイ。こんな形で手に入るなんて思わなかった。
「ありがとう。大事にする」
 手触りのよい生地をさらりと撫でた。
 理央は容姿に恵まれているだけでなく、社交的で、かつ努力も欠かさない。『欲しい』と思ったものは比較的簡単に手に入れられる。だから物にも人にも固執しない。このネクタイにしてもそうだ。困ったら誰かが手を差し伸べてくれる。『おれ』に拘る理由もないはずなのだ。
「……それ本当は俺の普段使いだけどね。他の男の匂いなんてつけたくないから」
「え? なにか言ったか?」
 理央はにっこりと微笑む。
「なんでもない。せっかくだから俺も橘田学園のネクタイしてみていい?」
 橙色のネクタイを示すので「つけるだけなら」と応じた。
「良かったらおれが結んでやろうか?」
「うん! 是非とも!」
 体を突き出してくるので、橙色のネクタイを結んでやった。不器用なので慎重にくぐらせていく。
「できたぞ」
「おお! 渋いオレンジ! 格好いい!」
 興奮気味に写真をとっていた理央は、ふと、寂しそうな表情を浮かべてネクタイに触れた。
「……でも今の俺にはこれを締める資格はない、か」
「え?」
「ただの独り言。ありがとう、返すよ。……あ、でもこの方がいいかな」
 クマのぬいぐるみを引き寄せて橙色のネクタイを結んだ。だらしなく寝そべっているせいか疲れ果てた社畜っぽく見える。
「なんか悲壮感が漂ってるな」
「酔いつぶれたオジサンみたいだね。社畜ってやつ?」
 理央も同じことを考えていたらしく、お互いに目が合うと同時に噴き出した。

 その後はまたお揃いのピンクのネクタイを締め、いっぱい写真をとった。
「せっかくだからこのネクタイで帰ろうよ。他校の制服だけど、学校の外だしネクタイだけなら文句言われないでしょ」
「いいな! 行こう!」
 嬉しくなってピンクのネクタイを締めたまま外に出た。
 空が高い。細切れの雲がゆっくりと動いて、夏から秋へと変わっていく。風もどこか柔らかい。
 駅までは短い距離だけど、理央と同じネクタイをして歩いていると西高生になった気分だ。
 理央と話しながらホームに着くとおれが乗る予定の電車が滑りこんできた。目の前で扉が開き、乗客たちが無表情で降りてくる。
「理央、今日は楽しかった。ありがと。また来週な」
「……明日も朔に会えたらいいのに」
 ひどく心細そうな理央を見て、もっと一緒にいてやりたいと思った。
 明日も明後日も来週も、帰宅部のおれはいつだってフードコートに来られる。理央の家に突撃することもできる。――でも、しない。これ以上近づきすぎると後戻りできなくなる気がするから。
「ねぇ、ハグしてもいい?」
 両腕を広げる。公衆の面前でのハグは恥ずかしい、と言ったことを気にしているのだ。
 でも今回は。今回だけは。
「いいよ」
 無抵抗で近づくと理央はためらいがちに腕を回してきた。
 抱きしめるというよりは、包み込むような優しい抱擁だ。
「今日はありがとう、理央」
「俺も楽しかったよ。朔」
「また来週」
「うん。また来週」
 ゆっくりと体を離して電車に乗った。
 電車が走り出してからも理央はホームに佇んでいる。
 しばらくしてさっきの写真が送られてきた。お揃いのネクタイをしたおれと理央が満面の笑顔で肩を抱き合っている。
「なにがお揃いコーデだよ」
 目頭が熱くなってきた。理央の寂しさがうつったのかな。
「……最高じゃん」
 腕の中にいたクマのぬいぐるみをぎゅっと抱き寄せた。