いざ問題集を開いてもなかなか集中できなかった。さっきの衝撃が消えない。口元、っていうか唇に触れてたよな。間接キス……だよな。
「朔? おーい、朔先生?」
ペンを握り締めた手をとんとん、と叩かれる。
「わぁっ!」
焦ったせいでペンを取り落としてしまった。理央が笑いながら拾ってくれる。
「ちょっと意識しちゃった?」
「してない。からかうなよ」
なんとか言い返すものの顔の火照りが収まらない。飲み物を口にしても鎮まりそうになかった。
「ねぇ朔、ちょっと息抜きしない?」
突然理央が立ち上がった。
「人間の集中力は四十五分が限界。それ以上やっても脳が疲弊して効率が悪くなるんだってさ」
「いやでも、まだ十五分も経ってない……」
「細かいことはいいから。先に一階のゲーセンに行ってるね。悪いけど食べたゴミだけ捨ててきて」
さっさと荷物をまとめると、自分とおれのカバンを持ってフードコートを出て行ってしまう。カバンを人質にされては追いかけないわけにはいかない。空になった容器を備え付けのゴミ箱に捨てて急いであとを追いかけた。
自分からテスト勉強に付き合ってほしいって言ったくせにゲーセンで遊ぶ余裕があるのか? よく分からない。
首を傾げつつ一階に降りると理央が両替機の前で待っていた。
こうして立ってるとスタイルの良さが目に留まるよな。細身だけど体つきはしっかりしているし、ネクタイがいいアクセントになってる。やっぱりいいな、あの色。
「朔、こっちこっち」
おれに気づいて手招きしてきた。物欲しそうな顔になってないか表情を引き締めて近づく。
「ゲーセンは久しぶりだな。中三の秋以来?」
「だね。せっかくなら勝負しない? それぞれが指定したゲームで勝負して、より多く勝った方が勝者。負けた方は勝者の言うことをなんでも聞くこと。もちろん無理なお願いはしない前提でだけど」
なるほど、おれが勝ったら理央に命令できるわけだ。
テスト勉強のためフードコートに呼び出すのを辞めてほしい、という願いも通るのだろうか。
「……いいぜ、受けて立つ。最初はおれが選んでいいか?」
「もちろん。なににする?」
「音ゲー!」
流れてくる音楽に合わせてボタンを押し、その正確性を競うゲームだ。反射神経には少しだけ自信がある。中学時代も同様のゲームで理央に負けたことはない。
「本気ってことだね。そうこなくっちゃ!」
理央は気合十分にシャツの袖をまくる。
肘から手首にかけての逞しい腕が見えた途端、なんか変な気持ちになった。中学時代から飽きるほど見てきたはずなのに、この手で抱きしめられたことを思い出してしまう。
「朔? もう始まってるよ?」
「え?……まずい、出遅れたっ!」
画面を猛スピードで流れていく音符。慌ててボタンを押すが動揺したせいかミスを連発。
――結果、ダブルスコアの大敗を喫してしまった。完敗だ。
ショックのあまり膝をつくと理央が肩を叩いてきた。
「そう落ち込まないでよ、次のゲームも朔が選んでいいから」
「じ、じゃあ……」
厚意に甘えて、ガンアクション、レーシング、モグラたたきなど次々と挑戦したが、結局一勝もできなかった。おかしい、なんでこんなに下手くそになってるんだろう。いや違う、動揺しているんだ。
「朔、調子悪い? 熱があるとか?」
さすがの理央も心配しておでこに手を伸ばしてきた。顔が近い。
「ちょっと熱っぽいかもしれないな。もう帰ろうか?」
「だ、大丈夫だって!」
パシッ、と手のひらを叩いてしまう。軽く振り払うつもりが思いのほか大振りになった。
「ごめん、つい」
「……もしかして怒ってる?」
シュン、と不安そうな表情を浮かべる。
「怒ってないよ。……ええと、そうだ、最後にクレーンゲームで勝負しないか? これで負けたら理央の言うとおりにする。百円ずつ交互にプレイして、あの一番大きなぬいぐるみを取った方が勝ちでどうだ?」
クレーンゲームのガラスの中にある大きなクマのぬいぐるみを指した。だらしなく寝そべった姿が哀愁を誘う。
理央はゆっくり目を細める。本気スイッチが入った合図だ。
「オーケー。じゃあ朔から先にどうぞ」
「よし!」
早速百円玉を入れてクレーンを動かす。慎重に位置を見極め、胴体めがけてアームを下ろす……が、するりと抜けてしまう。もう一回挑戦し、今度は足が浮いたものの滑り落ちてしまう。
「じゃあ次は俺だね」
交代した理央は真剣な目つきでボタンを操作する。アームは首の下に食い込み、ふわりと浮く。でもまた滑り落ちてしまった。ああ、惜しい。
「うーん。重心はもう少し上だったか」
こんなに真面目な顔は入試のとき以来かもしれない。教室は別々だったけど休憩時間でトイレに行くとき理央の姿を見かけた。じっと単語帳を見つける横顔は今まで見たことがないくらい真剣で、気軽に声を掛けることもできなかった。とても遠い存在に見えた。
「……あ、だめだ」
理央の声にハッとして我に返ると、アームからぬいぐるみが転がり落ちそうになっていた。ぼとん、と落下した直後、後ろで「惜しい!!」と悲鳴が上がる。
「ん?」
何事かと振り向くと、数人の女子高生がおれたちを取り囲んでいた。もしかして順番待ちだったか? と不安になっていると彼女たちが一斉に首を振った。
「全っ然気にしないでください!」
「私たちはただ見ているだけなので!」
愛想笑いを浮かべながら後ずさる光景に「あぁ、いつものか」とすぐさま理解した。
理央と行動していると知らない女子たちに凝視されることが頻繁にあったのだ。モテるゆえの弊害。注目されるって大変だよな。
「ほら次は朔だよ」
理央は何事もなかったように肩を叩いてくる。注目されることが日常茶飯事すぎて意識してないのだ。
「う……」
でもおれは注目されるのは好きじゃない。それに周りが見たいのはおれじゃなくて理央だ。なら、負けを覚悟でテキトウにやろうか。さっきみたいに胴体辺りを狙って……。
「朔、集中して」
突然理央が手を重ねてきた。
「な、なん……」
「手伝うよ。観客が増えてきたから早めに退散しよう。俺、他人に朔のことじろじろ見られるのイヤだし」
いや、周りが見たいのは理央であって断じておれではないのだが。
などと言い返す間もなく、左手で肩を抱き、もう片手でおれの手を優しく包み込んでくる。
「ぬいぐるみの重心は顔の真ん中あたりだと思う。アームが引っかかる位置に移動して……そう、いい感じ」
耳に吐息がかかってくる。後ろからハグされている状態でどう集中しろっていうんだ。
「うまいよ。そのまま――――きた! 上がったよ!」
アームはぬいぐみをゆっくりと持ち上げ、取り出し口まで運んでくる。ガコン、と転がり落ちたぬいぐるみを引き出すと「やったね!」と理央が抱きついてきた。
「ちょっ、くっつくなよ!」
理央の顔にクマを押しつけて距離をとる。
「ひどい。朔が冷たい」
「う、うるさい」
おかしい。距離感がバグってる。こんなにくっつくなんて恋人同士みたいだ。そんなはずないのに、意識しすぎてバカみたいだ。
「朔? おーい、朔先生?」
ペンを握り締めた手をとんとん、と叩かれる。
「わぁっ!」
焦ったせいでペンを取り落としてしまった。理央が笑いながら拾ってくれる。
「ちょっと意識しちゃった?」
「してない。からかうなよ」
なんとか言い返すものの顔の火照りが収まらない。飲み物を口にしても鎮まりそうになかった。
「ねぇ朔、ちょっと息抜きしない?」
突然理央が立ち上がった。
「人間の集中力は四十五分が限界。それ以上やっても脳が疲弊して効率が悪くなるんだってさ」
「いやでも、まだ十五分も経ってない……」
「細かいことはいいから。先に一階のゲーセンに行ってるね。悪いけど食べたゴミだけ捨ててきて」
さっさと荷物をまとめると、自分とおれのカバンを持ってフードコートを出て行ってしまう。カバンを人質にされては追いかけないわけにはいかない。空になった容器を備え付けのゴミ箱に捨てて急いであとを追いかけた。
自分からテスト勉強に付き合ってほしいって言ったくせにゲーセンで遊ぶ余裕があるのか? よく分からない。
首を傾げつつ一階に降りると理央が両替機の前で待っていた。
こうして立ってるとスタイルの良さが目に留まるよな。細身だけど体つきはしっかりしているし、ネクタイがいいアクセントになってる。やっぱりいいな、あの色。
「朔、こっちこっち」
おれに気づいて手招きしてきた。物欲しそうな顔になってないか表情を引き締めて近づく。
「ゲーセンは久しぶりだな。中三の秋以来?」
「だね。せっかくなら勝負しない? それぞれが指定したゲームで勝負して、より多く勝った方が勝者。負けた方は勝者の言うことをなんでも聞くこと。もちろん無理なお願いはしない前提でだけど」
なるほど、おれが勝ったら理央に命令できるわけだ。
テスト勉強のためフードコートに呼び出すのを辞めてほしい、という願いも通るのだろうか。
「……いいぜ、受けて立つ。最初はおれが選んでいいか?」
「もちろん。なににする?」
「音ゲー!」
流れてくる音楽に合わせてボタンを押し、その正確性を競うゲームだ。反射神経には少しだけ自信がある。中学時代も同様のゲームで理央に負けたことはない。
「本気ってことだね。そうこなくっちゃ!」
理央は気合十分にシャツの袖をまくる。
肘から手首にかけての逞しい腕が見えた途端、なんか変な気持ちになった。中学時代から飽きるほど見てきたはずなのに、この手で抱きしめられたことを思い出してしまう。
「朔? もう始まってるよ?」
「え?……まずい、出遅れたっ!」
画面を猛スピードで流れていく音符。慌ててボタンを押すが動揺したせいかミスを連発。
――結果、ダブルスコアの大敗を喫してしまった。完敗だ。
ショックのあまり膝をつくと理央が肩を叩いてきた。
「そう落ち込まないでよ、次のゲームも朔が選んでいいから」
「じ、じゃあ……」
厚意に甘えて、ガンアクション、レーシング、モグラたたきなど次々と挑戦したが、結局一勝もできなかった。おかしい、なんでこんなに下手くそになってるんだろう。いや違う、動揺しているんだ。
「朔、調子悪い? 熱があるとか?」
さすがの理央も心配しておでこに手を伸ばしてきた。顔が近い。
「ちょっと熱っぽいかもしれないな。もう帰ろうか?」
「だ、大丈夫だって!」
パシッ、と手のひらを叩いてしまう。軽く振り払うつもりが思いのほか大振りになった。
「ごめん、つい」
「……もしかして怒ってる?」
シュン、と不安そうな表情を浮かべる。
「怒ってないよ。……ええと、そうだ、最後にクレーンゲームで勝負しないか? これで負けたら理央の言うとおりにする。百円ずつ交互にプレイして、あの一番大きなぬいぐるみを取った方が勝ちでどうだ?」
クレーンゲームのガラスの中にある大きなクマのぬいぐるみを指した。だらしなく寝そべった姿が哀愁を誘う。
理央はゆっくり目を細める。本気スイッチが入った合図だ。
「オーケー。じゃあ朔から先にどうぞ」
「よし!」
早速百円玉を入れてクレーンを動かす。慎重に位置を見極め、胴体めがけてアームを下ろす……が、するりと抜けてしまう。もう一回挑戦し、今度は足が浮いたものの滑り落ちてしまう。
「じゃあ次は俺だね」
交代した理央は真剣な目つきでボタンを操作する。アームは首の下に食い込み、ふわりと浮く。でもまた滑り落ちてしまった。ああ、惜しい。
「うーん。重心はもう少し上だったか」
こんなに真面目な顔は入試のとき以来かもしれない。教室は別々だったけど休憩時間でトイレに行くとき理央の姿を見かけた。じっと単語帳を見つける横顔は今まで見たことがないくらい真剣で、気軽に声を掛けることもできなかった。とても遠い存在に見えた。
「……あ、だめだ」
理央の声にハッとして我に返ると、アームからぬいぐるみが転がり落ちそうになっていた。ぼとん、と落下した直後、後ろで「惜しい!!」と悲鳴が上がる。
「ん?」
何事かと振り向くと、数人の女子高生がおれたちを取り囲んでいた。もしかして順番待ちだったか? と不安になっていると彼女たちが一斉に首を振った。
「全っ然気にしないでください!」
「私たちはただ見ているだけなので!」
愛想笑いを浮かべながら後ずさる光景に「あぁ、いつものか」とすぐさま理解した。
理央と行動していると知らない女子たちに凝視されることが頻繁にあったのだ。モテるゆえの弊害。注目されるって大変だよな。
「ほら次は朔だよ」
理央は何事もなかったように肩を叩いてくる。注目されることが日常茶飯事すぎて意識してないのだ。
「う……」
でもおれは注目されるのは好きじゃない。それに周りが見たいのはおれじゃなくて理央だ。なら、負けを覚悟でテキトウにやろうか。さっきみたいに胴体辺りを狙って……。
「朔、集中して」
突然理央が手を重ねてきた。
「な、なん……」
「手伝うよ。観客が増えてきたから早めに退散しよう。俺、他人に朔のことじろじろ見られるのイヤだし」
いや、周りが見たいのは理央であって断じておれではないのだが。
などと言い返す間もなく、左手で肩を抱き、もう片手でおれの手を優しく包み込んでくる。
「ぬいぐるみの重心は顔の真ん中あたりだと思う。アームが引っかかる位置に移動して……そう、いい感じ」
耳に吐息がかかってくる。後ろからハグされている状態でどう集中しろっていうんだ。
「うまいよ。そのまま――――きた! 上がったよ!」
アームはぬいぐみをゆっくりと持ち上げ、取り出し口まで運んでくる。ガコン、と転がり落ちたぬいぐるみを引き出すと「やったね!」と理央が抱きついてきた。
「ちょっ、くっつくなよ!」
理央の顔にクマを押しつけて距離をとる。
「ひどい。朔が冷たい」
「う、うるさい」
おかしい。距離感がバグってる。こんなにくっつくなんて恋人同士みたいだ。そんなはずないのに、意識しすぎてバカみたいだ。
