「え? 毎週木曜日に会う約束をしたぁ?」
「テストが終わるまでだけど。勉強しないと赤点確実なんだってさ」
昼休み、杉本と飯を食べながら理央との約束について話した。杉本は寮のおばさんが作ってくれた卵焼きをつつきながら明後日の方角を見ている。
「テスト……? 大地そんなこと言ってたかな?」
「え?」
「いや、なんでもない! 学校違うのに勉強教えて欲しいなんてよっぽど頼りにされてるんだな。親友だっけ?」
「うん、親友――大親友だった。進学先が別だから疎遠になってたけど」
おれと理央の関係は、幼なじみでもないし、子どものころから親しいというわけでもない。
中一の席が「あまみや」と「いがらし」で席が前後だった、それだけだ。仲良くなったキッカケがあったわけではない。毎日顔を合わせ、言葉を交わし、クラスのことやテストのことを話し、たくさんの時間を積み重ねる中で気がついたら『親友』と呼ばれる関係になっていた。
『俺たち親友だよな?』と言い出したのは理央からだったように思うけど、悪い気はしなかった。アイツと過ごす時間は楽しかったし、居心地が良かった。バカみたいな悪ふざけもしたし、文化祭の発表も一緒にしたし、修学旅行も同じ班で行動した。中一の冬くらいからモテ期に突入した理央は告白される機会が増えてきたけど、いつも取り澄ました顔で『俺、女の子に興味ないから』と言って周りの男子たちの顰蹙を買っていたものだ。それでも告白する女子は後を絶たず、もはや月一くらいの恒例行事になっていた。
あるとき『もし俺が女の子と付き合ったらどうする?』と聞かれたことがある。おれの顔をじっと覗き込んで、なにかを期待しているような目だった。おれは、なんて答えたんだっけ――?
「大地が言ってたけど、親友くんは部活に入らずに放課後は駅の周りやファミレス、フードコートや市立図書館をふらふらすることが多かったらしいぜ。スマホをいじるわけでもなく、窓の外を眺めて誰かを探している感じだったって。ウチの学校の近くまで来たこともあるらしい」
「なんのために?」
「ただの散歩、って本人は言ってたらしいけど。でも一度、橘田学園の生徒を見かけた時には顔を凝視して『なかなか偶然には会えないもんだな』って笑ってたらしい。もしかして天宮を探してたんじゃないか?」
理央がおれを探してた?
確かにフードコートで会った時は「ずっと探してた」って言ってた。
「この前オレたちが帰ったあと『よっしゃあああ!』ってガッツポーズしてたらしいぜ? よっぽど嬉しかったんだろうな」
おれに会いたかった? なんで? そんなに勉強が不安だったのかな。
いや、勉強を教わる相手ならいくらでもいるだろう。
勉強じゃなくて、『おれ』に会うために探してた?
「ま、せっかく再会できたんだから前みたいに仲良くしたらいいんじゃねぇか? デートだと思って」
「デート!? おれとアイツが!?」
「例えだよ。た・と・え」
仲良く? 前みたいに? 親友として? デート!!??
そういうのは『可愛い女の子』とするものだろうと思って山田さんの姿を探すと、教室の端の方で女子数人とお喋りしていた。おれの視線に気づくと不機嫌そうに眉根を寄せ、顔を背けてしまった。あからさまに無視された。
「……ちなみに『ある筋』からの情報だと山田さんは親友くんをデートに誘ってあっさり断られたらしい。『知らない人のために時間割くほど暇じゃないんだ』だってさ。くく、見たかったな」
パンパンと机を叩いてはしゃいでいる。色々と腹に据えかねていたことがあるのだろう。『ある筋』と言うのも、もしかしたら勝手に帰らされた二人かもしれない。
――『会いたかったし、顔を見たかったし、話したいことがいっぱいあった。俺がどれだけ朔のことを想っていたか聞かせてやろうか?』
切なげな眼差しを思い出して胸がぎゅっと痛くなった。
この学校中探しても理央はいない。なのに理央は学校という枠を飛び越えてまでおれ探してくれたのだろうか。
木曜日の放課後になった。
フードコートにつながるエスカレーターに乗りながら、とくとくと心臓が脈打つのが分かる。なんだか妙に緊張している。まるで本当のデート前みたいじゃないか。実際に女の子とデートしたことないけども!
ショッピング街からフードコートのフロアに入ってすぐ理央の姿を見つけた。壁際の目立たない席で頬杖ついて遠くを眺めている。
今回はすぐには近づかず、敢えて遠くから観察してみることにした。
静かな喧噪の中で、スポットライトを浴びたみたいに存在感のある理央。暇を持て余してスマホをいじるとか、突っ伏して寝るとかいうこともなく、ただそこにいる。
ああ、おれを待ってるんだな。
そう思ったらすぐにでも駆け寄ってやりたい衝動に駆られた。
「理央」
いま来たばかりを装いつつ声をかけるとパッと笑顔になった。
「朔、お疲れ。待ってたよ」
向かいに座ると嬉しそうに前かがみになってきた。
「そろそろ来ると思って買っておいたんだ」
机の上にはいつものレモンスカッシュの他にパックのたこ焼きが準備されていた。たっぷりのソースとマヨネーズがかかり、立ちのぼる湯気で鰹節が踊っている。ソースマヨはおれの大好物だ。ぐぅ、と腹が鳴る。
「大盤振る舞いしてくれるけど、金は大丈夫なのか?」
こんなに毎週飲み食いしてはお小遣いが足りなくなるではないか。理央の両親はごく普通の会社員だが、お金の管理には厳しかったような記憶がある。
「心配しなくていいよ。今度のテストでいい点とったら小遣いアップしてくれるって約束してくれたんだ。だからこそ朔先生には頑張ってもらわないと」
ふーふー、とたこ焼きに息を吹きかけてから、「はいあーん」と差し出してきた。
ぐぅ、とまた腹が鳴る。大好物のたこ焼きを差し出され、つい誘惑に負けてしまった。
「い、いただきます」
パクッと一口で頬張る。
美味い! 空腹の時に食べるたこ焼きはなんて美味しいんだろう。レモンスカッシュの酸味もいい感じだ。
理央はにこにこしながらおれが食べる様子を眺めている。
「食べないのか?」
「あとで食べるよ。俺、朔の食べてる姿を見るのが好きなんだ。すごく美味しそうに頬張るのが可愛いなぁと思って」
そうだ。中学の時も買い食いして帰るとこうやっておれの食べる姿を眺めていた気がする。
「見られている方はあんまりいい気持ちじゃないけどな」
「俺は見ているだけで満腹になれるよ。食べっぷりが良くて惚れ惚れしちゃう」
「食べた分だけ身長が伸びれば良かったんだけどな。高校生になってから一センチしか伸びてない」
「勝った。俺は五センチ。でもこのペースで伸びたら制服買い替えかもって親に怒られてる」
「けっ、嫌味なヤツ!」
笑いながらまたたこ焼きを口に入れた。
どうでもいい内容なのに理央と話してると楽しい。会話のテンポが合うから話しててストレスがない。もしかしたら理央も西高で居心地の悪さを感じていたのかな。だから俺を探してた?――いや、でも須藤くんって友だちもいたし孤立している様子はなかった。
だったらなんで俺を……?
「――こっち見て、朔」
優しく名前を呼ばれる。
顔を向けると理央の手が伸びてきた。おれの口元を親指でぬぐい、そのまま自分でぺろっと舐める。
「口にソースついてたよ。ごちそうさま」
「な、なな……」
火がついたように体が熱くなった。
恥ずかしいや照れくさいとは違う、今までに感じたことのない気持ちだった。
「テストが終わるまでだけど。勉強しないと赤点確実なんだってさ」
昼休み、杉本と飯を食べながら理央との約束について話した。杉本は寮のおばさんが作ってくれた卵焼きをつつきながら明後日の方角を見ている。
「テスト……? 大地そんなこと言ってたかな?」
「え?」
「いや、なんでもない! 学校違うのに勉強教えて欲しいなんてよっぽど頼りにされてるんだな。親友だっけ?」
「うん、親友――大親友だった。進学先が別だから疎遠になってたけど」
おれと理央の関係は、幼なじみでもないし、子どものころから親しいというわけでもない。
中一の席が「あまみや」と「いがらし」で席が前後だった、それだけだ。仲良くなったキッカケがあったわけではない。毎日顔を合わせ、言葉を交わし、クラスのことやテストのことを話し、たくさんの時間を積み重ねる中で気がついたら『親友』と呼ばれる関係になっていた。
『俺たち親友だよな?』と言い出したのは理央からだったように思うけど、悪い気はしなかった。アイツと過ごす時間は楽しかったし、居心地が良かった。バカみたいな悪ふざけもしたし、文化祭の発表も一緒にしたし、修学旅行も同じ班で行動した。中一の冬くらいからモテ期に突入した理央は告白される機会が増えてきたけど、いつも取り澄ました顔で『俺、女の子に興味ないから』と言って周りの男子たちの顰蹙を買っていたものだ。それでも告白する女子は後を絶たず、もはや月一くらいの恒例行事になっていた。
あるとき『もし俺が女の子と付き合ったらどうする?』と聞かれたことがある。おれの顔をじっと覗き込んで、なにかを期待しているような目だった。おれは、なんて答えたんだっけ――?
「大地が言ってたけど、親友くんは部活に入らずに放課後は駅の周りやファミレス、フードコートや市立図書館をふらふらすることが多かったらしいぜ。スマホをいじるわけでもなく、窓の外を眺めて誰かを探している感じだったって。ウチの学校の近くまで来たこともあるらしい」
「なんのために?」
「ただの散歩、って本人は言ってたらしいけど。でも一度、橘田学園の生徒を見かけた時には顔を凝視して『なかなか偶然には会えないもんだな』って笑ってたらしい。もしかして天宮を探してたんじゃないか?」
理央がおれを探してた?
確かにフードコートで会った時は「ずっと探してた」って言ってた。
「この前オレたちが帰ったあと『よっしゃあああ!』ってガッツポーズしてたらしいぜ? よっぽど嬉しかったんだろうな」
おれに会いたかった? なんで? そんなに勉強が不安だったのかな。
いや、勉強を教わる相手ならいくらでもいるだろう。
勉強じゃなくて、『おれ』に会うために探してた?
「ま、せっかく再会できたんだから前みたいに仲良くしたらいいんじゃねぇか? デートだと思って」
「デート!? おれとアイツが!?」
「例えだよ。た・と・え」
仲良く? 前みたいに? 親友として? デート!!??
そういうのは『可愛い女の子』とするものだろうと思って山田さんの姿を探すと、教室の端の方で女子数人とお喋りしていた。おれの視線に気づくと不機嫌そうに眉根を寄せ、顔を背けてしまった。あからさまに無視された。
「……ちなみに『ある筋』からの情報だと山田さんは親友くんをデートに誘ってあっさり断られたらしい。『知らない人のために時間割くほど暇じゃないんだ』だってさ。くく、見たかったな」
パンパンと机を叩いてはしゃいでいる。色々と腹に据えかねていたことがあるのだろう。『ある筋』と言うのも、もしかしたら勝手に帰らされた二人かもしれない。
――『会いたかったし、顔を見たかったし、話したいことがいっぱいあった。俺がどれだけ朔のことを想っていたか聞かせてやろうか?』
切なげな眼差しを思い出して胸がぎゅっと痛くなった。
この学校中探しても理央はいない。なのに理央は学校という枠を飛び越えてまでおれ探してくれたのだろうか。
木曜日の放課後になった。
フードコートにつながるエスカレーターに乗りながら、とくとくと心臓が脈打つのが分かる。なんだか妙に緊張している。まるで本当のデート前みたいじゃないか。実際に女の子とデートしたことないけども!
ショッピング街からフードコートのフロアに入ってすぐ理央の姿を見つけた。壁際の目立たない席で頬杖ついて遠くを眺めている。
今回はすぐには近づかず、敢えて遠くから観察してみることにした。
静かな喧噪の中で、スポットライトを浴びたみたいに存在感のある理央。暇を持て余してスマホをいじるとか、突っ伏して寝るとかいうこともなく、ただそこにいる。
ああ、おれを待ってるんだな。
そう思ったらすぐにでも駆け寄ってやりたい衝動に駆られた。
「理央」
いま来たばかりを装いつつ声をかけるとパッと笑顔になった。
「朔、お疲れ。待ってたよ」
向かいに座ると嬉しそうに前かがみになってきた。
「そろそろ来ると思って買っておいたんだ」
机の上にはいつものレモンスカッシュの他にパックのたこ焼きが準備されていた。たっぷりのソースとマヨネーズがかかり、立ちのぼる湯気で鰹節が踊っている。ソースマヨはおれの大好物だ。ぐぅ、と腹が鳴る。
「大盤振る舞いしてくれるけど、金は大丈夫なのか?」
こんなに毎週飲み食いしてはお小遣いが足りなくなるではないか。理央の両親はごく普通の会社員だが、お金の管理には厳しかったような記憶がある。
「心配しなくていいよ。今度のテストでいい点とったら小遣いアップしてくれるって約束してくれたんだ。だからこそ朔先生には頑張ってもらわないと」
ふーふー、とたこ焼きに息を吹きかけてから、「はいあーん」と差し出してきた。
ぐぅ、とまた腹が鳴る。大好物のたこ焼きを差し出され、つい誘惑に負けてしまった。
「い、いただきます」
パクッと一口で頬張る。
美味い! 空腹の時に食べるたこ焼きはなんて美味しいんだろう。レモンスカッシュの酸味もいい感じだ。
理央はにこにこしながらおれが食べる様子を眺めている。
「食べないのか?」
「あとで食べるよ。俺、朔の食べてる姿を見るのが好きなんだ。すごく美味しそうに頬張るのが可愛いなぁと思って」
そうだ。中学の時も買い食いして帰るとこうやっておれの食べる姿を眺めていた気がする。
「見られている方はあんまりいい気持ちじゃないけどな」
「俺は見ているだけで満腹になれるよ。食べっぷりが良くて惚れ惚れしちゃう」
「食べた分だけ身長が伸びれば良かったんだけどな。高校生になってから一センチしか伸びてない」
「勝った。俺は五センチ。でもこのペースで伸びたら制服買い替えかもって親に怒られてる」
「けっ、嫌味なヤツ!」
笑いながらまたたこ焼きを口に入れた。
どうでもいい内容なのに理央と話してると楽しい。会話のテンポが合うから話しててストレスがない。もしかしたら理央も西高で居心地の悪さを感じていたのかな。だから俺を探してた?――いや、でも須藤くんって友だちもいたし孤立している様子はなかった。
だったらなんで俺を……?
「――こっち見て、朔」
優しく名前を呼ばれる。
顔を向けると理央の手が伸びてきた。おれの口元を親指でぬぐい、そのまま自分でぺろっと舐める。
「口にソースついてたよ。ごちそうさま」
「な、なな……」
火がついたように体が熱くなった。
恥ずかしいや照れくさいとは違う、今までに感じたことのない気持ちだった。
