別々の高校に進学した元親友とフードコートで再会してから様子がおかしいのだが…

『不合格』

 専用サイトに表示された無機質な文字を見て、これは夢だとすぐに分かった。
 周りの音がすべて消えて、視界が暗くなり、スマホを握る指先だけが震えている。

 ピリリリリリリ……。
 『不合格』の文字に覆いかぶさるように見慣れた名前がポップアップされる。

『朔、俺、受かった! 受かったよ! 合格! 合格! 鳥肌やばい、信じられねぇ!!』
 嬉しそうな声とは裏腹に、おれの心の中にぽんと氷を投げ込まれた気分だった。立っているはずなのに足先の感覚がない。
 おめでとう、良かったな、と喜んでやりたいのに言葉が出てこない。
『ふぉおおお、やばい、めちゃくちゃ嬉しい、汗止まらねぇ……。興奮しすぎて死にそう! いやまだ絶対死なないけど! なんにせよこれで同じ高校行けるんだな。すっっげぇ嬉しい!!』
 そりゃそうだよな、このために受験勉強頑張って来たんだもんな。
 だから喜ばなくちゃ。祝福しなくちゃ。褒めなくちゃ。おれは親友なんだから。
 ふぅ、と深呼吸。
「――……ふざけんな」
 自分でも信じられないくらい低い声が出た。
「なんで理央だけ合格なんだよ。おれはダメだったのに、なんでお前だけ――」
 ちがう! ちがう! 違う!! おれはこんなこと思ってない!!
 おれはただ理央と一緒に――……。


「……はっ」
 パッと目を開けると揺れる電車内にいた。窓から見えるのは毎日よく見ている通学風景だ。
「サイアクだ」
 何回サイトにログインしなおしても、画面更新しても、『不合格』の結果が変わらない悪夢のような過去。血の気が引くっていうのはまさにその通りで、冷や汗が出て、呼吸が浅くなって、全身の震えが止まらなかった。人生詰んだと思った。
 でも実際は人生終了なんてことはなく、滑り止めの方に切り替えてみんなと同じような高校生活を送っている。学費が高くなるから申し訳ないと母ちゃんに謝ったら「子どもが気にすることじゃない。思う存分、学校生活を楽しみなさい」とエールを送られて、少しだけ気持ちが軽くなった。
 流れていく景色をぼんやり眺めているとアナウンスが流れてきた。
『次は、サクラショッピングモール、サクラショッピングモール……』
 ゆるやかにブレーキがかかり、電車は駅のホームに滑り込む。今日は木曜日。理央と約束した日だ。

「朔! こっち!」
 先週と違って人がまばらなフードコートに入ると窓際のテーブル席で理央が手を振っていた。午後の日差しを受けたまぶしい笑顔に緩く締めたピンク色のネクタイ、くそう、嫌味なくらいイケメンだ。
「どうも」
 荷物を置いて向かいの席に腰を下ろすと、理央がにやにやしながら身を乗り出してきた。
「一週間ぶり。気が進まなかったって顔に書いてある」
「書いてねぇよ。飲み物買ってくる」
 財布だけ持って立ち上がろうとするとスッと手が重なってきた。
「ここは俺に奢らせてくれよ。飲み物、レモンスカッシュでいい?」
「あ、うん……」
「了解。すぐ行ってくるから荷物番してて」
 ひらりと手を振ってファストフードの店に向かっていく。おれは金縛りに遭ったみたいに動けなかった。
 ……なんだあのイケメンムーブは。
 手を重ねて制止する? どこでそんなテク覚えたんだよ。中学の頃はじゃんけんで負けた方が奢るって罰ゲーム方式だったのに。なんだよ、あんなに大人びて。手だって、いつの間にか大きくなってて。……調子狂う。
「お待たせ」
 戻ってきた理央は二人分の飲み物のほかに大盛りのポテトもトレイに乗せていた。
「クーポンあったからポテトも注文してきた。バーベキューソース、好きだったよね」
「……よく覚えてるな。ゴチになります」
 テーブルの上にどんと置かれた山盛りポテト。香ばしい匂いに誘われるように口元に運んだ瞬間、我に返った。いかんいかん、中学の頃とは違うのだ。
「ところで、何の用だよ」
「え? 用?」
「わざわざ待ち合わせしたのは何か用事があるからだろ?……他校のおれに」
 学校が違うってことは教科書も授業内容も先生も校内イベントも全部違うってことだ。共通の話題がないのに話すことなんてないだろう。
 理央は少し考えながらストローを吸う。
「用……そうだな、敢えて言うなら朔に会う用事かな」
「冗談はいいから」
「マジだよ。会いたかったし、顔を見たかったし、話したいことがいっぱいあった。俺がどれだけ朔のことを想っていたか聞かせてやろうか?」
 頬杖をついてじっと見つめられる。
 まただ。金縛りに遭ったみたいに動けない。
「……っていうのはさておき、勉強教えてもらいたくて」
「勉強? でもテキスト違うだろ?」
 喋りながらポテトをつまんだ。やっぱりバーベキューソースは旨い。
「俺たちまだ一年だし、そこまで変わらないだろう? 今度テストがあるんだけど朔がいないと赤点まっしぐらなんだよ」
 赤点、と聞いて手が止まる。
「夏休み前のテストはどうしたんだよ」
「死に物狂いだったよ。英単語詰め込みすぎて脳みそ沸騰するかと思った。その甲斐あって赤点は回避。周りからは『顔だけじゃなくて頭もそこそこイケてるヤツ』って認識されつつあるのに、次で赤点とったら解釈違いで悲鳴が起きるだろう? だから頼む!」
 パン、と両手を合わせて懇願される。解釈違いってなんだよ。
 確かにおれと理央はいつも一緒にテスト勉強していた。それぞれの得意科目が違うので教え合いしていたのだ。
「だめかな? 教師代としてフードコート内の飲食物は小遣いの範囲で奢るから」
「んー……」
 必死に頼まれては断りづらい。飲み物やポテトを奢ってくれたわけだし、借りは返したい。それにテストならそれほど長い期間ではないだろう。
「分かったよ、テストまでなら」
「やった! ありがとう!」
「あとタイムリミットは電車の関係で二時間までだからな」
「オッケー! じゃあ早速やろうか」
 ノリノリで教科書とノートを出してくる。教科書自体は違うけど内容は大体分かる。私立(うち)の方が早く進んでいるらしく、すでに履修済みのところだ。これなら多少はアドバイスできる。
 筆箱を出そうとする理央のカバンの中に、ふと、見覚えのあるものを見つけた。
「それ入試前に貰ったお守りだよな?」
「うん。お正月に二人で参拝した時にね」
 赤い糸で『合格祈願』と縫われたお守りだ。いくつか柄がある中で志望校に因んだ桜の柄を選んだ。
「こういうのって願いが叶ったら神社に返すものらしいけど、朔とお揃いだから手放せなくて持ち歩いてるんだ」
 ぎゅっと優しく握りしめる。
 いまも大切にしてくれているんだな。おれのは机の奥深くにしまいこんだままなのに。
「……二点、だってさ」
「え?」
「入試の結果。担任に聞いたら教えてくれた。あと二点とっていれば合格圏内だったって」
 たかが二点、されど二点。西高は例年より倍率が高かったらしいから、二点取っていれば即合格ってわけじゃないだろうけど、先生が言った『あと二点だったんだがなぁ』という言葉がいまも胸に重くのしかかってくる。
「実は入試の前日に一人でお参りに行ったんだ。でも帰りに階段を踏み外して転がり落ちて……その時は平気だと思ってたけど、次の日の朝から背中がジンジン痛くて集中できなかった。試験終わってすぐ病院に行ったら真っ赤に腫れてた。よくこんな状態で我慢したなってお医者さんにも怒られたよ。……まぁ、ただの言い訳だけど」
 理央と一緒に合格できますように、って欲張ったおれに天罰が下ったのかもしれない。
 ――『なんで理央だけ合格なんだよ。おれはダメだったのに、なんでお前だけ――』
 さっきの悪夢を思い出して、ぷるぷると首を振る。違う。おれの本心じゃない。
「あ、でも勘違いするなよ。同情してほしいわけじゃない。おまえは実力で桜が丘西に合格したんだ。受験勉強頑張ってたことはおれが一番よく知ってる、胸を張っていい」
 ストローを吸うと甘酸っぱいレモンスカッシュが流れ込んできた。中二で初めて飲んだときはびっくりして咳き込んだけど、もう慣れた。理央がいない毎日もこうやって当たり前になっていくのだ。
 自分の気持ちに整理つかなくて、ずっと理央のことを避けていた。フードコートで再会したのは神様がくれたチャンスなのかもしれない。そう思うと、迷うことなく理央の目を見ることができた。
「まだ面と向かって言えてなかったよな?――合格おめでとう、理央。一緒に行けなかったけど桜が丘西高校での生活楽しんでくれよ。おれはおれで頑張るから」
「……朔」
 大きく見開かれた目が一瞬潤んだ気がした。でもすぐに下を向いてしまったから前髪で顔が隠れてしまう。
「朔。俺、ほんとは――……」
 ぼそ、と呟いた。
「なんでもない。俺、朔の希望通り西高でエンジョイするから勉強ちゃんと教えてくれよ。もちろん来週も」
「ぐっ! わ、分かったよ」
 自分で『楽しめ』と言ってしまった手前、断りづらい。
「はは、本当にお人好しだね。そういうとこ中学の頃と変わらないや」
 理央は笑いながらポテトを差し出してきた。
「頼りにしてるよ朔先生。ここにいる間は俺だけ見てて。約束だからね?」
「……テストまでだからな」
 ぱくっと食いつく。なんだか餌付けされている気分だ。