理央の顔を見た瞬間、金縛りみたいに動けなくなった。
嬉しさと懐かしさが溢れてすぐにでも飛びつきたいのに、裏切ってしまった後ろめたさのせいで逃げたくもなる。
「あ……おれ……」
じり、と後ずさりした瞬間、
「朔!」
ぱしっ、と手首を掴まれた。振り払えない。いつの間にこんなに力が強くなったんだろう。そのまま少し乱暴に引き寄せられて懐に抱きこまれる。
「会いたかった……朔……ずっと、ずぅっと探してた……朔」
かすかに声が震えている。
「もう離さないから――」
耳元で低く囁かれたおれは、ハッと我に返った。ここが公衆の面前(フードコート)であることに。
「はなせバカ!!」
思いっきり胸を押した。理央は少しよろめいておれを解放する。しかし元バスケ部だけあって大きくバランスを崩すことはなく、びっくりしたように目をパチパチさせている。
「……半年ぶりに会った親友にその対応はひどくない?」
「ひどいもなにも普通はフードコートでハグしない」
「え? そうなの? 俺、外国の血が入ってるからよく分からないな」
「ウソつけ! おまえの両親もじいちゃんもばあちゃんも生粋の日本人だろ! ぜいぜい従兄弟が結婚して海外に住んでるくらいだろ」
理央がにやりと笑った。
「さすが朔。俺のことはなんでも知ってるんだね」
知ってるもなにも、中学時代にお土産でもらったという海外のグミをおすそ分けされたことがある。味が薄い割に弾力がすごくて、なかなか飲み込めなかった苦い思い出がある。
「おい天宮? どうした、なかなか戻ってこないから……」
杉本が心配そうに立っていた。手には買ったばかりのポテトを持っている。その姿を見て、理央と一緒にいた別の西高生が身を乗り出した。
「あれ、もしかして諒平?」
「へ?……大地か? 小学生の時同じチームだった須藤大地!? うわ、懐かしい!!」
杉本と見知らぬ西高生が肩を叩き合っている。
「誰? 朔の友だち?」
理央に尋ねられ「クラスメートだ」と杉本を紹介した。
「ふぅん、クラスメートね」
ゆっくりと目を細めて杉本を見下ろした。杉本も背が高いと思っていたけど理央の方が目線が高い。中学自体からまた伸びたようだ。
「杉本、こいつは五十嵐理央。中学の時の……友だち、みたいな」
「トモダチ?」
理央の形の良い眉がぴくっと吊り上がる。
「親友だと思っていたのは俺だけかよ。だから全然連絡くれなかったんだな。同級会の誘いも断られたし」
「それは……、いろいろ忙しくて」
本当は会いたくなかったからだ。
今だって目をそらして逃げたいのに、理央は肩に手をかけてぐいっと引き寄せる。
「俺は会いたかったよ。半年前のあの時からずっと探してた。無理に会うのはやめようって言うなら、なにがなんでも見つけてやるって意地になって、毎日毎日、朔の姿を探し求めてた。……この気持ち、分かる?」
切なそうに目を細める。
元々整っている顔が、髪を染めたせいでより大人っぽい雰囲気になっている。胸元のピンクのネクタイが白い肌によく似合っている。首筋からはほんのりと甘い匂いが漂ってきた。
「あー!! 西高のイケメン王子!!」
甲高い声で意識を引き戻された。山田さんが大興奮で駆け寄ってきて理央の腕を掴む。
「あたし橘田学園の山田美咲っていいます。西高の五十嵐理央くんですよね? すっごくカッコイイ一年生がいるって噂なんですよ」
「……それはどうも」
山田さんのお陰で解放されたおれは、今ばかりは彼女の図々しさにちょっと感謝した。
「こんな機会滅多にないですよね? 良かったら席で話しません? ちょうど空いてるので」
席が空いてると言ってもおれたちは五人。席は六人掛けだ。あと一人しか座れない。
理央がちらっとおれを見た。
「朔がいるなら、行くけど」
それを聞いた山田さんがパン、と手を打った。
「良かった。じゃああたしと五十嵐くんと、天宮くん。それから杉本くんともう一人で座りましょう。あ、あの二人は用事があって帰るみたいなので気にしないで大丈夫ですよ!」
勝手に帰れ宣言された男子二人が気の毒だった。いっそのことおれが帰った方が……と思ったが、山田さんと目が合って微笑まれた。
「いいよね? 天宮くん?」
逆らうと後が怖い。うん、と頷くほかなかった。
男子二人は無理やり帰らされ、五人で席に座ると「大地」と呼ばれた西高生が頭を下げてきた。
「はじめまして。須藤大地っていいます。桜が丘西の一年四組です。五十嵐くんとは同級生で」
まだ暑い日が続くというのにシャツのボタンを一番上まで留め、きっちりネクタイを結んでいる。陽気な杉本とは対照的に大人しい雰囲気で、まじめで礼儀正しそうだ。
「大地とオレは小学生のとき少年野球で同じチームだったんだよ。まさかここで会えるとはなぁ。天宮とそっちのイケメンも知り合いなんだろ?」
「ああ。まぁ……」
「大親友だよな?」
また理央が肩を抱いてきた。鬱陶しいのでパシッと弾く。
「ひどい。朔が冷たい」
と嘆きながらも満更でもなさそうに笑っている。
「えっとじゃあ五十嵐くん……あ、理央くんって呼んでもいいですか? あたしのことは美咲って」
「断る」
にっこり。
「……え?」
「俺さ、初対面でいきなり下の名前呼び提案するのってどうかと思うんだ。段階を踏むべきだと思う。大事じゃん、名前って。……ね、朔?」
知らねぇよ。理央とはいつの間にか下の名前で呼び合ってて、いつ苗字呼びから変えたのかも覚えてない。
「じゃ、じゃあ連絡先交換しませんか?」
「それも難しいかな。俺の連絡先をSNSに流したヤツがいて一時期大変だったんだよ。だから本当に信頼している相手にしか教えてないんだ。ごめんね」
とか言いつつ、理央の番号は中学の時から変わってない。
会話のやりとりはしてないが、時々スマホに一方的なメッセージが入るので確認済みだ。
「じゃあ、えっと趣味は、休みの日はなにを……」
山田さんは必死に話題を探していた。理央の気を引きたくて一所懸命なんだろう。理央はにこにこしながら丁寧に応じているけど、机の下の見えないところでおれの腰辺りを腕でホールドしている。逃がさない、という妙な気概を感じる。
「なぁ天宮、良かったらこれ。追加で買ってきたんだけど」
杉本がおずおずとポテトを差し出してきた。
「ありがとう。じゃあ一本だけ。いただきます」
喜んでつまむと横からトトンと頬をつつかれた。
反射的に振り向くと「はい、あーん」とポテトを差し出される。理央だ。
そんなに一遍に食べられないと思ったが、断るのも面倒で、
「自分で食べられる」
と、手で受け取って口に放り込んだ。悪ふざけだとしてもクラスメートの前で恋人みたいなことをするのは恥ずかしい。
「朔が冷たい」
「全然ふつう」
しくしくと泣き真似をする理央だが、自分の思い通りにいかなくて拗ねてるだけなので無視だ。
自慢じゃないけど理央のことは家族の次くらいに良く知っている。基本は陽キャだけど不機嫌スイッチが入ると途端に子どもっぽくなるのだ。
「ねぇ、五十嵐くんと天宮くんって本当はどういう関係なの?」
山田さんが興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「どうって、中学時代の友だち」
「俺は大親友のつもりだけどね」
いい加減にしつこいなと呆れていると、山田さんが思いがけず爆弾を投げてきた。
「すごく仲良いじゃん。なんで同じ高校にしなかったの?」
「ぁ……」
忘れてた。忘れてた。理央があまりにも『いつも通り』だったから。
急に汗が出てきた。自分の中の暗い気持ちが泥みたいに広がって、息ができなくなる。
「――ごめん、おれちょっとトイレ」
カバンを持って立ち上がった。理央の視線を強く感じたけど無視して席を離れる。
「え、ちょっと、もう!」
山田さんが怒ってる。どうでもいい。もう、なにもかもどうでもいい。
嬉しさと懐かしさが溢れてすぐにでも飛びつきたいのに、裏切ってしまった後ろめたさのせいで逃げたくもなる。
「あ……おれ……」
じり、と後ずさりした瞬間、
「朔!」
ぱしっ、と手首を掴まれた。振り払えない。いつの間にこんなに力が強くなったんだろう。そのまま少し乱暴に引き寄せられて懐に抱きこまれる。
「会いたかった……朔……ずっと、ずぅっと探してた……朔」
かすかに声が震えている。
「もう離さないから――」
耳元で低く囁かれたおれは、ハッと我に返った。ここが公衆の面前(フードコート)であることに。
「はなせバカ!!」
思いっきり胸を押した。理央は少しよろめいておれを解放する。しかし元バスケ部だけあって大きくバランスを崩すことはなく、びっくりしたように目をパチパチさせている。
「……半年ぶりに会った親友にその対応はひどくない?」
「ひどいもなにも普通はフードコートでハグしない」
「え? そうなの? 俺、外国の血が入ってるからよく分からないな」
「ウソつけ! おまえの両親もじいちゃんもばあちゃんも生粋の日本人だろ! ぜいぜい従兄弟が結婚して海外に住んでるくらいだろ」
理央がにやりと笑った。
「さすが朔。俺のことはなんでも知ってるんだね」
知ってるもなにも、中学時代にお土産でもらったという海外のグミをおすそ分けされたことがある。味が薄い割に弾力がすごくて、なかなか飲み込めなかった苦い思い出がある。
「おい天宮? どうした、なかなか戻ってこないから……」
杉本が心配そうに立っていた。手には買ったばかりのポテトを持っている。その姿を見て、理央と一緒にいた別の西高生が身を乗り出した。
「あれ、もしかして諒平?」
「へ?……大地か? 小学生の時同じチームだった須藤大地!? うわ、懐かしい!!」
杉本と見知らぬ西高生が肩を叩き合っている。
「誰? 朔の友だち?」
理央に尋ねられ「クラスメートだ」と杉本を紹介した。
「ふぅん、クラスメートね」
ゆっくりと目を細めて杉本を見下ろした。杉本も背が高いと思っていたけど理央の方が目線が高い。中学自体からまた伸びたようだ。
「杉本、こいつは五十嵐理央。中学の時の……友だち、みたいな」
「トモダチ?」
理央の形の良い眉がぴくっと吊り上がる。
「親友だと思っていたのは俺だけかよ。だから全然連絡くれなかったんだな。同級会の誘いも断られたし」
「それは……、いろいろ忙しくて」
本当は会いたくなかったからだ。
今だって目をそらして逃げたいのに、理央は肩に手をかけてぐいっと引き寄せる。
「俺は会いたかったよ。半年前のあの時からずっと探してた。無理に会うのはやめようって言うなら、なにがなんでも見つけてやるって意地になって、毎日毎日、朔の姿を探し求めてた。……この気持ち、分かる?」
切なそうに目を細める。
元々整っている顔が、髪を染めたせいでより大人っぽい雰囲気になっている。胸元のピンクのネクタイが白い肌によく似合っている。首筋からはほんのりと甘い匂いが漂ってきた。
「あー!! 西高のイケメン王子!!」
甲高い声で意識を引き戻された。山田さんが大興奮で駆け寄ってきて理央の腕を掴む。
「あたし橘田学園の山田美咲っていいます。西高の五十嵐理央くんですよね? すっごくカッコイイ一年生がいるって噂なんですよ」
「……それはどうも」
山田さんのお陰で解放されたおれは、今ばかりは彼女の図々しさにちょっと感謝した。
「こんな機会滅多にないですよね? 良かったら席で話しません? ちょうど空いてるので」
席が空いてると言ってもおれたちは五人。席は六人掛けだ。あと一人しか座れない。
理央がちらっとおれを見た。
「朔がいるなら、行くけど」
それを聞いた山田さんがパン、と手を打った。
「良かった。じゃああたしと五十嵐くんと、天宮くん。それから杉本くんともう一人で座りましょう。あ、あの二人は用事があって帰るみたいなので気にしないで大丈夫ですよ!」
勝手に帰れ宣言された男子二人が気の毒だった。いっそのことおれが帰った方が……と思ったが、山田さんと目が合って微笑まれた。
「いいよね? 天宮くん?」
逆らうと後が怖い。うん、と頷くほかなかった。
男子二人は無理やり帰らされ、五人で席に座ると「大地」と呼ばれた西高生が頭を下げてきた。
「はじめまして。須藤大地っていいます。桜が丘西の一年四組です。五十嵐くんとは同級生で」
まだ暑い日が続くというのにシャツのボタンを一番上まで留め、きっちりネクタイを結んでいる。陽気な杉本とは対照的に大人しい雰囲気で、まじめで礼儀正しそうだ。
「大地とオレは小学生のとき少年野球で同じチームだったんだよ。まさかここで会えるとはなぁ。天宮とそっちのイケメンも知り合いなんだろ?」
「ああ。まぁ……」
「大親友だよな?」
また理央が肩を抱いてきた。鬱陶しいのでパシッと弾く。
「ひどい。朔が冷たい」
と嘆きながらも満更でもなさそうに笑っている。
「えっとじゃあ五十嵐くん……あ、理央くんって呼んでもいいですか? あたしのことは美咲って」
「断る」
にっこり。
「……え?」
「俺さ、初対面でいきなり下の名前呼び提案するのってどうかと思うんだ。段階を踏むべきだと思う。大事じゃん、名前って。……ね、朔?」
知らねぇよ。理央とはいつの間にか下の名前で呼び合ってて、いつ苗字呼びから変えたのかも覚えてない。
「じゃ、じゃあ連絡先交換しませんか?」
「それも難しいかな。俺の連絡先をSNSに流したヤツがいて一時期大変だったんだよ。だから本当に信頼している相手にしか教えてないんだ。ごめんね」
とか言いつつ、理央の番号は中学の時から変わってない。
会話のやりとりはしてないが、時々スマホに一方的なメッセージが入るので確認済みだ。
「じゃあ、えっと趣味は、休みの日はなにを……」
山田さんは必死に話題を探していた。理央の気を引きたくて一所懸命なんだろう。理央はにこにこしながら丁寧に応じているけど、机の下の見えないところでおれの腰辺りを腕でホールドしている。逃がさない、という妙な気概を感じる。
「なぁ天宮、良かったらこれ。追加で買ってきたんだけど」
杉本がおずおずとポテトを差し出してきた。
「ありがとう。じゃあ一本だけ。いただきます」
喜んでつまむと横からトトンと頬をつつかれた。
反射的に振り向くと「はい、あーん」とポテトを差し出される。理央だ。
そんなに一遍に食べられないと思ったが、断るのも面倒で、
「自分で食べられる」
と、手で受け取って口に放り込んだ。悪ふざけだとしてもクラスメートの前で恋人みたいなことをするのは恥ずかしい。
「朔が冷たい」
「全然ふつう」
しくしくと泣き真似をする理央だが、自分の思い通りにいかなくて拗ねてるだけなので無視だ。
自慢じゃないけど理央のことは家族の次くらいに良く知っている。基本は陽キャだけど不機嫌スイッチが入ると途端に子どもっぽくなるのだ。
「ねぇ、五十嵐くんと天宮くんって本当はどういう関係なの?」
山田さんが興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「どうって、中学時代の友だち」
「俺は大親友のつもりだけどね」
いい加減にしつこいなと呆れていると、山田さんが思いがけず爆弾を投げてきた。
「すごく仲良いじゃん。なんで同じ高校にしなかったの?」
「ぁ……」
忘れてた。忘れてた。理央があまりにも『いつも通り』だったから。
急に汗が出てきた。自分の中の暗い気持ちが泥みたいに広がって、息ができなくなる。
「――ごめん、おれちょっとトイレ」
カバンを持って立ち上がった。理央の視線を強く感じたけど無視して席を離れる。
「え、ちょっと、もう!」
山田さんが怒ってる。どうでもいい。もう、なにもかもどうでもいい。
